004.来るというなら迎え撃つまでである
リンダに先導してもらい、道なき森を進む。
「元の世界では何をしていたの?」
ふとそんな事を聞いてきた。
元の世界か。
今となってはまるで夢を見ていたようにすら感じるトランシルヴァニアでの生活を思い出す。
「余はヴァンパイアの王である。一族をまとめ、その繁栄に尽くしてきたのだ」
前を行くリンダが足を止め、興味津々の顔で振り向いた。
「凄ぉい! 政治家さんって事ね!」
「ふむ。面白い言い方だが間違ってはおらぬかな」
「じゃあさ、ヴァンパイアの人達は? やっぱ、人を襲って血を吸ったり?」
「蚊みたいに言うでない。我らは闇雲に人を襲ったりはしないぞ」
「え、じゃあ何してんの?」
「ヴァンパイアは貴族であり、人の世界と隔絶しつつ、密接でもあるのだ。基本的には殆ど関わらぬ。災害や犯罪などで弱い人間が困っていれば助けたりもするが、逆に裏の社会の仕事を引き受けたりもする」
「へえ。じゃあ手放しで善人て訳じゃないんだね」
「それは否定せぬ。金次第で殺しもするしな。清廉潔白を言い張るつもりは無いが、暴君として君臨していた訳でもない。ゆるゆると利用し合いながら生きていたな」
「ふーん。なんか意外。もっと魔物みたいなものかと思ってたのに」
大学の連れの様な話し方をするな。
まあ変に恐れられても面倒であるが。
「ライバルみたいな人はいたの?」
「ライバルというか……20年闘い合った女はいたな」
「ほうほう。それはむしろ恋が芽生えちゃう奴だね?」
ニヤリと笑いを浮かべてそんな事を言う。
年頃の少女はすぐコイバナに結びつけるのである。
「ないない。其奴はヴァン・ヘルシングといい、余の妻3人と子14人を無惨に殺した奴である。余は彼奴を許しはしない」
「あ……ごめんなさい……」
「知らなかったのだから気にしなくともよい。結局ヴァンパイア一族は余1人だけになり、彼奴との最後の闘いの最中、相討ちになったと思った瞬間、不意に空間が歪み、気付いたらここにいたのだ」
「へえ……」
「まあヘルシングにやられずとも、人間の文明は急速に進んでいたから、遠からず我らは滅びていたかもしれん」
その後もリンダと話しながら進む。
余がヴァンパイアについて話した様に、彼女も今日会ったばかりの余に身の上話をしてくれた。
彼女は孤児であった。
ここよりかなり離れた街で暮らしていたが8歳の頃に戦争によって親を亡くしてしまった。夜盗に連れ去られるが運良く逃げ出し、この森に迷い込み、泣いていた所を今の両親に拾われたそうである。
この森が私を守ってくれたのは今日で2回目だ、と寂しく笑いながら言う。
何とも切ない話である。
全く人間というものはどこの世界でも愚かな種であるな。
そんな事を思っていた時、余の敵センサーが得体の知れない存在を報せる。
「待つのである。リンダ」
「?」
振り返るリンダに素早く追いつき、辺りを警戒する。
何かいるのである。
耳を澄ますと足音がする。かなり大きい。
「どうしたの?」
「この森には大きな魔物もいるのであろうか?」
「え……わかんない。私は会った事ないけど」
「かなり大きい。重さは余の10倍程あろうか」
「じゅっ……」
どうやら近付いてくるようである。
余を狙っているのか?
その大きな足音で気付かなかったが、どうやら周りに小さな猿の様な生物もいる様だ。
猿……?
成る程。心当たりがある。
「さっき逃してしまった猿……ゴブリン、というのであったか? どうやらそれがボスを連れてやり返しに来たらしいであるな」
「え……どうしよう。隠れる?」
「いや。来るというなら迎え撃つまで。お前は木の上に避難しておくとよい」
「わわわわかった」
スルスルと上手に登るものだ。瞬く間に一本の木の上で太い枝に跨って不安気に余を見ている。
そうしている間にもかなり近くまで来ている。余の存在を感覚で捉えたのであろう。走っているであるな。
「ゴブッ!」
現れた。先程の小さな奴である。
余を指差し、叫んでいる。
余はそれを腕を組みながら優雅に待ち構えるのである。
「ゴブ……」
「ゴブゴブ」
次々と現れる。
最後にヌッと現れたのは巨漢で緑色の、まさにゴブリンの親玉の様な奴である。
手には丸太の様な棍棒を持ち、体中の筋肉は膨れ上がっている。
何よりその大きく突き出た腹は多少切り裂いた所で致命となる内臓までは遠そうである。
「ボブゴブ?」
「ゴブッ!」
ホとゴとブの3文字で全ての意思疎通が出来ているのだとしたら凄まじくコミュ力の高い高等生物と言わざるを得ない。
「ボブゴブリン!」
上からリンダの声が聞こえてきた。
「ボブゴブリン?」
「気をつけて! ゴブリン種だけどゴブリンなんかとは全然別次元の強さの魔物なの!」
「ほう。その様であるな」
この世界でも我が愛剣ドラクリアは吸血するだろうか? それを確かめる為にもここは剣でお相手してやるとしよう。
ボブゴブリンとやら、何やら興奮しているようである。明らかに敵意はある。
「これ、その様にいきり立っていないでさっさとかかってくるがよい」
人差し指でちょいちょいと招くポーズを取るとホブ――!と雄叫びを上げながら突進してきた。