003.そんな輩は余がぶちのめしてやろう
幸いにもその後、頭上に鷲の様な鳥が飛んでいたので必殺の眼力で動きを止め、丸焼きにして食すことが出来た。
調味料が無いので全く美味くはなかったがようやく腹は満たされ、少し落ち着いた。
火はリンダが起こしてくれた。
彼女が何やら呪文の様なものを唱えると、自然発火の様に集めた小枝に着火したのには余もびっくりである。
「そんなに強そうなのに火炎魔法も使えないの?」と不思議顔で言われてしまうが出来ないものは出来ない。
いやむしろそんな事が出来る奴にお目に掛かった事は無いのである。
「コンスタンティンさんってどこから来たの?」
暫く燃え燻る火を前に座り込んでいるとリンダがそんな事を聞いてきた。
「優雅なるルーマニアはトランシルヴァニアの生まれである」
「ルー……どこそれ?」
ルーマニアを知らぬだと。
どうやら冗談を言っている顔付きではない。
「待て待て。ここは何処なのだ?」
「ここはメリスマリス領のロートゥーン森林の中だよ。ランドロック村が近いの」
今言われた地名、何一つ聞き覚えが無いのである。
「ふむ。ところで……今は西暦何年かね?」
「西暦、って何?」
「いや何でもない。気にせんで良い」
「変なの……今はオーリア204年ね」
「成る程。有難う」
余の魔眼に嘘は通じないのだ。
この娘は嘘を吐いていない。
世間知らずで空想癖のあるヤバい娘、という線も考えられなくはないがな。
「どうやら余は、余の知らぬ世界に来てしまったようだ」
「え――! そうなの!?」
「何だ。もう信じるのか?」
「うん。何か話合わないし、それに」
「うむ」
「『転移者』って今までにもいたみたいだよ? 会ったのは初めてだけど」
何と!
そうなのか。
こんな事がポンポン起こる様では世も末である。
警戒が解けたのか、両膝に肘をついて頬杖をしながらニコニコと可愛らしく笑っている。
「コンスタンティンさんって面白い人ね」
「ほほう。余にそんな事を言った人間はお前が初めてだ」
「そうなんだ。元の世界じゃ怖い人だったの?」
「恐れられてはいたな。といって、格別何か酷い事をした記憶はないが」
「へえ」
「あと」
打ち解ける為には最初が肝心である。
しっかりとこちらの身分を伝え、誠意を見せなければならんであろう。
「余は人ではない。高貴なる地上最強の種、ヴァンパイアである」
「え? 知ってるよ」
「ななななに!?」
「だって瞳が赤いもの。そんなのヴァンパイアしかいないじゃん」
「そそ、そうか。なら良い」
ヴァンパイアとはそれ程広く、遠く異世界にまで知れ渡っていたのか。流石である。
それにしても元の世界ではヴァンパイアと言えば恐怖の対象でしか無かった筈であるが、この子は何というか……物怖じしない子であるな。
うむ。そういうの、嫌いではないぞ。
「で、お前はこんなとこであんな猿共に追われ、何をしていたのだ?」
「あれ猿じゃないよ。どこから見てもゴブリンじゃん」
「ゴブリン……ほほう。で、それは何だ?」
「魔物。元の世界にはいなかったの?」
どちらかといえば余の方が人間共からその扱いをされていた様な気もするが。
「この世界は魔物に溢れているの。でも本当に怖いのは……」
不意に消えかけの炎を見つめ、両手で自分を抱くとブルッと震えた。
「何か、あったのであるか?」
チラリと余の目を見て、ゆっくりコクリと頷いた。
「通り掛かりのヴァンパイアさんにこんな事言っても仕方無いのかもだけど」
「構わぬ。言ってみよ」
余の言葉にもう一度頷き、語り出した。
「私、ランドロックの村から逃げて来たの。メリスマリス領に救援をお願いしに行く所だった」
「ほう?」
◆◇◆◇
リンダは両親と姉夫婦と仲良く暮らしていた。
昨日、彼女はたまたま近くの友人の家に遊びに行き、そのまま泊まっていた。
彼女にとってはそれが幸いした。
家に野盗が押し入り、両親と姉夫婦が拐われたのだ。
翌朝、噂を聞いて急いで帰った彼女は空っぽになった家の中を見て暫く呆然とし、次いで泣き叫んだ。
気の毒に思った近所の女が村長に相談してはどうかというので肩を落としながらも村長宅へ赴き、事情を説明する。
村長は同情したように、「それは不安だろう。野盗共は村の警護団で探すとしよう。危ないから暫くここに泊まりなさい」と言われ、疑う事なくベッドに入る。
だが家族の事を思うと眠れなかった。
深夜、リンダが寝ていると思ったのか、何者かがベッドに忍び込んできた。
◆◇◆◇
「それが……村長だったの。びっくりして声を上げようと思ったら口を塞がれたんだけど夢中で暴れて窓から逃げたんだ。とにかく夢中で走って森に逃げ込んで、じっと朝になるのを待っていて……」
「怪しからぬ!」
「え?」
これほど可憐な少女の弱みにつけ込み、しかも寝込みを襲うなどおおよそ男子のやる事ではない。
許せぬ。
「リンダ。そんな何とか領、まで行く事はない」
「コンスタンティン……」
まだ少女の面影が残る可愛らしいリンダの顔に、涙が一粒ポロリと頬を伝っていた。
「そんな腐った輩は余がぶちのめしてやろう」
おっと久し振りに怒ったせいか、口から魔素が溢れてきたわ。まるで湯気のように余の口からこぼれてモクモクと立ち昇る。
この世界に来てから魔力の高まりが尋常ではない。
今ならヘルシングにもやられる気はせぬ。
フハハハハハハ!
「ありがとコンスタンティン。でも私は別に村長を捕まえて欲しいんじゃなくて……」
「皆まで言わぬでよい。お前の家族を助けたいというのであろう?」
「そ、そうなの」
「任せておけ。そんなもん余にかかればチョチョイのチョイである」
余が胸を反らすとようやくリンダの顔が綻んだ。
「取り敢えずは着る物、探さないとね」
そういえばそうだったのである。