002.余はコンスタンティン・ドラグーンである
余はヴァンパイアの王である。
ヴァンパイアとは地上最強、唯一無二の生物であり、種の頂点である。
狼男共が同じ様な事を抜かしているらしいが、ハッ! てなもんである。
吸血によりヴァンパイアの力は強くなるがそれを食糧にしている訳では無い。
ご飯はちゃんと食べるのだ。
「腹が……減った」
ギュルギュルと姦しく鳴く腹の虫共。
かつて自分の体にこれ程文句を言われた事はない。
もう暫く待て。
熊か猪でも捕まえて……
そう思っていると、いたいた。
あれは猿であるか?
10匹近い群れが何かを追い掛けている。
鹿か何かであろう。
どっちでもよい。
貴族は猿など食さぬものではあるが、今は緊急事態である。
余の昼御飯になれ!
「待て待て待てぇぇぇい!」
大声で威嚇する。
かつてひ弱な人間共は、魔力を込めた余の声を聞くだけで震え上がったものだ。
案の定、猿の群れとそれに追われていた何かはピタリとその動きを止め、余の方を一斉に見た。
「そこで動くな」
その言葉で彼奴等は動けない。そうしておいて余はゆっくりと優雅に歩けばよいのである。
近寄るにつれ、それらが猿でない事がわかった。
何故なら猿は棍棒など持たない。
猿はもっと毛むくじゃらな筈である。
猿は緑色では無い。
なんぞこれ?
四百年を生きる余であるがこの様な珍妙な生き物は見た事がない。
そして追われていた鹿の方であるが、どうやらこちらも鹿ではなさそうだ。
鹿は二本足ではないし、服も着ない。
何より美少女ではない。
「……」
「……」
「……」
いかんいかん。
呼び止めておいて固まっていては余の沽券に関わる。
「コホン。貴様らは……その……猿、であるか?」
「……」
「……」
違う様である。
どうするか。
齧り付くか?
「貴様ら、喋れはするのか? 余の言葉がわかるか?」
「……」
「……わ、わかります」
美少女だけがおどおどとしながら返事をした。何故か顔色が少し赤い。
「よし、安心せよ。お前は食わないでやろう」
その言葉に女は怪訝な顔付きをして小さな膨らみの胸の前でキュッと手を合わせる。なかなか可愛い仕草である。
一方緑色の、猿ではなさそうな奴らは顔を見合わせている。何かを話し合っている様にも見える。
一歩近付き、少々眼力に魔力を込めて威嚇をしてみた。
「食うぞ?」
「ゴ……ゴブ――!」
「ゴブッゴブッ!」
一斉に泣き叫んだかと思うと、凄まじいスピードで方々に散らばり、逃げてしまった。
「あ……待つのである! 待ってくれ!」
手を伸ばして頼んだと言うのにあっという間に姿が見えなくなってしまった。
「……」
もはや万策尽きたのである。
まさかヴァンパイアの王が餓死などという凡庸な結末を迎えるとは。『不死身』の唯一の弱点が空腹なのか。
腹の虫は既に余の腹を突き破って出てきそうである。
「クッ……高貴なる余が……こんな何処ともわからぬ森でのたれ死ぬとは」
膝を突きそうになる所を震えながらもぎりぎりで我慢する。貴族は地に膝など付けぬものなのだ。
一応、そばにいた美少女をチラリと見てみた。
ひょっとすると食べ物を持っているかも知れない。だが王ともあろう者が平民に恵んでもらってもよいのだろうか?
よいのである。
空腹の前にヴァンパイアも人もない。全ては等しく平等である。
そこには種族など関係はない。
だが少女は何故か顔を真っ赤にし、少し怯えた目付きをして一歩後ずさった。
まずい。このままではこの女にも逃げられてしまう。
食っちゃうか? いや、人間を食べる趣味はない。きっと美味しくないしな。余にも誇りがある。知性と品性を持つ者は食べない。
会ったばかりの人間に余がお腹減ってるよと察してもらうのは難しそうである。
そこで言葉にしてはっきりと言ってみた。
「実はお腹すいているのであるが、何か……食べる物を持ってはいないかね」
すると少しホッとした様な顔をして、汚れた寝巻きの小さなポケットに手を入れた。
「あの……この森で拾った木の実なんですけど……」
木の実!
差し出した手のひらに3粒の小さな赤い木の実があった。
そんな物では全く満たされぬ。
満たされぬが……
「くれるの? 余に」
背に腹はかえられない。念の為、合意を取る事にする。
少女はこくりと頷くと余の方へと近付いてきて「どうぞ」と言った。
ダークブラウンの短い髪は寝癖だらけであるが、同じ色の瞳の彼女によく似合っている。大きな目と整った口元は余から見ればまだまだ幼いものの、数年を経ずして美の完成形となるであろう。
何と麗しい。
その手のひらの木の実を受け取り、
「では有り難くいただこう」
言い様、その3粒を口に放り込む。
噛むと途轍もなく酸っぱい。
「……!」
声にならない叫びとはこの事であろうか。
もしや騙されたのか? だが魔力の塊である余を毒殺する事など出来ぬ。
が、暫くすると酸っぱさの中に微かに甘みを感じ出した。
「お、おお? おおお! 美味い!」
驚いて少女の顔を見ると、ニコリと可愛く笑った。
暫くその甘みを噛み締め、名残惜しいがそれらを飲み込んだ。すると不思議な事に(空腹はそれ程癒されなかったものの)魔力が更に膨れ上がるのを感じる。
こ、これは……?
この様な木の実などトランシルヴァニアには無い。
やはりここは余の知らないどこか、であるらしい。
「ご馳走様でした。美味かった。礼を言う」
「……」
少女は少し驚いた顔をする。
「何故そんな顔をしているのだ?」
「え? あ、ごめんなさい。その……見た目がへんた……いや、個性的なのに凄く礼儀正しいから少しびっくりしちゃって」
一瞬目線が余の股間に向いた様な。
そうか。そういえば余は裸であった。
まだ15、6位か? この位の少女には少し刺激が強かったかも知れぬ。
余は何も悪くはないのだが、ここはひとつ大人の対応をしておこうか。木の実の恩義もある事だしな。
「いやこれはレディの前というのに申し訳ない。実は余にもよくわからぬのだが、何故か服だけがどこかへ行ってしまったのだ」
また驚いた顔をした少女は暫くして、プッと噴き出した。
何故?
「アッハッハ! 何言ってんのかわかんない。でも悪い人じゃなさそうで良かった」
「うむむ? うむ。余は悪くはないぞ」
「私、リンダっていいます」
「リンダか。良い名だ。余はコンスタンティン・ドラグーンである」
「コンスタンティン……」
そう呟くといそいそと上半身の寝巻きを脱ぎ出した。
「これこれ。お前も余と同じになるつもりか?」
「プッ……そんな訳ないじゃない」
やがて胸を隠す下着だけになると余に寝巻きを差し出した。
「取り敢えず……これで下を隠してよ。目のやり場に困るから」
真っ赤な顔をしてそんな事を言う。成る程。そういうものか。
余の妻達は余のこんな姿を見たら襲い掛かってきたものであるが……こういう反応もなかなか良いものである。
「お前がそう言うならそうしようか」
少女の温もりが残るそれを股間に巻きつける。ヒラヒラとして全く頼りないが、まあ全裸よりはマシである。