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第3話 絢斗とアキとライブ

 俺は月に十万円ほど稼いでいる。

 そしてその全てをアキちゃんに投げ銭しているのだ。


 無駄使いじゃないかだって?

 それは愚問というものであろう。

 だって俺の心は、こんなにときめいているのだから。

 後悔などない。

 ただ喜びがここにあるだけなのだ。


「いつも癒しの時間をありがとう」


 声を出しながらコメントを送る。

 勿論、お金も一緒に送る。


 色付きのコメントが表示され、アキちゃんがニコリと笑顔を浮かべた。


『ハイブリッヂさん、ほんまにありがとうなぁ~。うちが癒せてるんやったら嬉しいわぁ」


 おっとりした声で喜びを口にするアキちゃん。

 それだけで俺は涙を流す。

 感謝の言葉をいただくだけで、無上の喜びが胸の中に溢れ出す。

 十万円ぐらいでこれほどの感動を覚えられるのだから、安い物だ。


 アキちゃんはすでに人気vtuberであり、大勢のファンがついている。

 俺の名前が呼ばれると、皆負けじと投げ銭を投じるのだ。


 幾つもの赤いコメントが表示される。

 現在の俺の稼ぎでは不可能な色……スーパーチャットは金額によって色が変わる。

 一番安いので青色。

 一番高いのは赤色となる。

 俺の場合は基本的に黄色……千円以上二千円未満の色だ。

 今日みたいに二千円以上投げ銭をすれば橙色にはなるが、だいたいは黄色である。


 ライブのチャットの色が赤に染まる……こいつら、どんだけ金持ってんだよ!

 俺は一万円を投じるかどうか迷い、手を震わせていた。

 

 負けたくない……アキちゃんに対する気持ちは誰にも負けたくない!


『皆ありがとうな。でも絶対無理せんとってや。うちは嬉しいけど、破産とか洒落にならんことはアカンでぇ』


 天使のような声でそう言うアキちゃん。

 狂喜乱舞のチャットが乱れ飛ぶ。

 当然、赤いチャットで埋め尽くされており、このチャットでどれだけアキちゃんに収益が出るのだろうかと思案し、喜びと嫉妬が胸の中で渦巻いていた。


「くそっ……俺だって負けないぜ!」


 俺は血走った目でチャット画面を睨み、とうとう一万円を投じることを決意した。

 だがその時、ピコンと携帯に何やら連絡が入る。


『絶対無理したらアカンからな』


「…………」


 それはアキちゃんからであった。

 俺はSNSでアキちゃんをフォローしているのだが……なんと奇跡的に、彼女からフォロー返しをしていただいたのである。

 その上、いつも俺が投げ銭をしているものだから、ダイレクトメッセージで感謝の文章を送ってきてくれて……それから彼女とのダイレクトメッセージのやりとりが始まった。


 現在も彼女は俺が投げ銭をするだろうと予測を立てて、こうして制止するようにメッセージを送ってきたというわけだ。

 

 俺の心配をしてくれるだなんて……どれだけ天使なんだ、アキちゃんは!

 俺は感動のあまり、迷いが無くなっていた。

 一万円のスーパーチャットを炸裂させることを決意したのだ。


『もう一回言っとくけど、ぜーったいアカンからな!』


「…………」


 いつもは五秒以内で返事をする俺。

 返事がないのを不審に思ったのか、立て続けにアキちゃんからメッセージが送られてきた。


 後は送信するだけだったというのに……俺は震える手でチャットから彼女へのメッセージに切り替える。


『アキちゃんこそ俺の生き甲斐。ここで投げなきゃ男じゃない』

『そんなんせんでも男やん。ハイブリッヂさん、高校生なんやからこれ以上はホンマにアカンで』


 心の底から俺を心配してくれているメッセージ。

 俺は本気で涙を流し、投げ銭するのを中止することを心に決める。

 アキちゃんが本気で心配してくれているというのなら、止めるのもまた男であろう。

 俺は心を落ち着かせライブの方に集中することにした。


 アキちゃんは俺にメッセージを送りながら、ライブの方も滞りなく進めていた模様。

 のんびりした口調をしているというのに、意外と器用な部分もあるんだな。

 俺は深く感動し、投げ銭をすることにした。

 少額ならいいですよね。ね。


『ほなまたね~。さようなら』


 ライブは大盛況のまま無事終わり、俺は笑顔のままで携帯をベッドに放り出す。


「またファンが増えたみたいだな……アキちゃん、どこまで人気出るんだろう」


 俺はトイレに行こうと思いベッドから起き上がろうとした。

 だがまたメッセージが送られてきたようで、光の速さで携帯を手に取る。


 俺にメッセージを送ってくるのはアキちゃんしかいない。

 ならばトイレなんかよりも彼女が優先。 

 この際漏らしたところで問題は無い。

 母親には怒られるだろうが……関係ない!


 彼女からのメッセージ。

 内容は……恋の相談であった。


 どうやら彼女には想い人がいるらしく、他に相談できる相手もいないので俺に相談をしている。

 嫉妬心が無いわけではないが……俺の小さな思いより彼女の気持ちの方が大事だ。

 彼女が幸せならそれでいいじゃないか。

 そう考えた俺は彼女からの相談を快く承ったというわけだ。


 今回の内容は、どうしたら相手に好意を伝えることができるか、というものであった。


「好意を伝える方法か……」


 そもそも、恋愛初心者の俺にこんなことを相談されても困るのだけれど。

 だが真剣に真摯にアキちゃんに向き合わなければいけない。

 そう考えた俺はいまだかつてないほどに本気で悩み考え、素早く彼女に返信する。

 その間わずか四秒。

 適当に考えたわけではない。

 俺が持てる限りの最善の答えを導き出したつもりだ。


 『月が綺麗と伝えるのはどうでしょう?』


 ありきたりかもしれないが……これなら誤魔化すことも可能であろう。

 案外『月が綺麗』の意味を知らない人も多いと聞く。

 伝わったのならそれで良し。

 伝わらなかったら適当に言い訳をすればよし。

 うん。中々いい提案ではなかろうか。

 と自画自賛をしておく。


『おおきに。ちょっと頑張ってみるわ』


 彼女からお礼のメッセージが届いた。

 俺はガッツポーズを取り、全力でトイレに駆け込むのであった。

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