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兄がいた頃には部屋に全くなかった文庫本が他にも置かれている。
最近はリビングで話さず葉月さんがいる部屋で話すことが増えた。本をオススメしてくれることが多い葉月さんは、思いつく度に部屋から本を持ってきてくれる。何度も行き来してもらうのが申し訳なくて部屋に行っていいかと尋ねたら了承してくれたので、それからは部屋で色々話すことが増えた。
「面白そうです!林忠正って教科書で見たことがある気がします」
「その人が伝説の日本美術商だよ。あ、この表紙の作品わかる?」
「えーっと、星月夜、ですか…?」
葉月さんの携帯のロック画面がその絵だったので必死になって調べたのは内緒だ。絵の感じが印象派としかわからなかったので片っ端から検索した。
「正解!いつか見に行きたいんだよね」
「どこに収蔵されてるんですか?」
「ニューヨーク近代美術館。お金貯めていこうとは思っているんだけど先は長い…」
がっくりしている葉月さんを見て思わず笑ってしまう。
「まあ先に直島だね。いつ行く?明日?」
「ええ!?明日ですか!?」
「冗談だけど?」
「はっ、葉月さんの意地悪っ…!」
むくれてそっぽ向く私に「おーい、機嫌なおしてー」という声は楽しそうだ。横から伸びてきた大きな手は頭を撫でて髪の毛をぐしゃぐしゃにしている。
「…葉月さんなんて禿げてしまえばいい」
「女子高生怖いわー」
そう言いながらも、ぐしゃぐしゃにした髪の毛を整えて今度はサイドにまとめて三つ編みにしている。年の離れた妹がいるからヘアアレンジは慣れているらしく、ことあるごとに色んなアレンジをしてくれる。女子の私よりも遥かに上手い。こっそり部屋で練習しているものの葉月さんのように上手くいった試しがない。
「まあ明日は冗談だけど、明後日には出発するよ」
「え…、本当に急ですね」
「あのねー、このままずるずるしてたら夏休み終わっちゃうでしょう」
「確かに…」
もう夏休みの半ば。早く行かないとこのまま新学期が始まってしまう。
「綾菜ちゃんがその気になれば一瞬で着くところをわざわざ電車に乗るんだからさ…」
「ちょっと意味わからないです」
一瞬で着くとは私はどこでもドアを出せるあの猫型ロボットか。