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直島に行く計画は思っていたより早く進められた。もっとじっくり計画していくのかと思いきや、葉月さんは一度行っているからと下調べはあまりせず行き当たりばったりで行こうと言い始めたからだ。どういう経由で行くかだけだと言っていたので、岡山県の宇野港から直島へ行くフェリーが良いと言った。
岡山県にある大原美術館へ行きたいと思っていたからだ。日本最初の西洋美術中心の私立美術館というのは知っているし、モネの『睡蓮』『積みわら』も収蔵されている。
『積みわら』は『睡蓮』と同様に連作作品で季節、時間、天候によって同じ構図でも全く違った雰囲気の作品になっている。そして大原美術館に収蔵されている『積みわら』は他のものとは違い、人が描かれている。私の知っている限りで『積みわら』の作品に人が描かれているのは大原美術館の作品のみ。それもあって実際に見てみたいと思った。
「モネが好きなの?」
「たぶん…?見ていたいと思う絵は大概モネですね」
「そうなんだ。僕もモネ好きだよ。印象派が好きだからね」
「印象派と言えば、えっと…」
「ゴッホが有名かな。僕の好きな画家の一人だよ」
「私も!『ひまわり』好きです」
「いいよね。ゴーギャンとの話知ってる?」
そうして葉月さんはゴッホとゴーギャンが出会い、共同生活し、別れ、ゴッホが耳の一部を切り落とした事件までを話してくれた。こんな風に旅行の話がいつしか美術の話になっていることが結構ある。
葉月さんは私の知らない画家エピソードを知っていて、時代背景やエピソードを思い出しながら絵を見るのが面白いと言っていた。対して私は時代背景やエピソードをあまり調べることはなく、ただ絵を眺めているのが好きだ。鑑賞の仕方が人それぞれだとつくづく思う。
一致したのは綿密に再現された肖像画は苦手ということ。服の繊細なデザインはどうやって描かれているのかという興味はある。けど昔から顔が苦手だ。肖像画の美しい目に見透かされているような気持ちになる。絵だというのに目が合うと落ち着かない気持ちになる。
葉月さんは元々精巧に描かれたものが好きじゃないらしい。目がとても良いらしく精巧なものは見えすぎてしまう。普段は少し度が入った眼鏡をつけてぼやけさせているそうだ。この家に来てから眼鏡をかけているところを一度も見たことがないけど。
「印象派の中でモネやゴッホが人気なのは、彼らが日本好きだったこともあると思う」
「日本好き?」
「浮世絵が流行ってたんだよ。西洋美術にはない手法で描かれているから、新しいもの好きヨーロッパ人に受け入れられたんだよ思うよ。これも伝説の日本美術商のおかげ」
「へえ…!すごい!」
「あ、もしよかったらこの本読んでみて」
葉月さんは机に置いていた原田マハが書いた『たゆたえども沈まず』を渡してくれた。