4
―
「あの、葉月さん…!」
あの後部屋で悶々とし続け、ネットで美術館や直島のことを調べて1週間。それまでは話しかけられたら話していた葉月さんに初めて声をかけた。
「ん?どうした?」
リビングで母と話していた葉月さんはこちらを向いて微笑んでいる。もごもごしながら何も言えない私に、葉月さんは話すまで待ってくれている。
「えっと、あの、…地中美術館、行きたいです」
最期の言葉尻が小さくなってしまったけど、ばっちり聞こえていたみたいで葉月さんは嬉しそうだ。
「地中美術館?」
母は何の話をしているのかさっぱりわかっていないので首をかしげていたところ、葉月か直島へ旅行する話をしてくれた。地中美術館へモネの睡蓮シリーズを見に行く話をすると、母は昔ポーラ美術館に訪れた時の話を葉月にしていて楽しそうだ。
「いいじゃない。行ってきなさい」
大学生の男の人と2人きりとなると、さすがに母から許可が出ないか心配していたけど凄く良い笑顔で言われたのでほっとした。
「綾菜ちゃんをしっかり守ります!」
「ふふ、頼りにしてるわ」
この2人はもうすでに信頼関係が築かれているようだ。母とは何十年も一緒にいるのに、なぜか嫉妬してしまう。むくれている綾菜の頬っぺたをつついて遊ぶ葉月さんに笑っている母。
「…やめてください」
「はいはい」
「なんで致し方なくみたいな言い方なんですか…」
「綾菜ちゃんが可愛いからついしたくなるんだよ」
良い笑顔でいう葉月さんから目を逸らす。葉月さんはずるい。可愛いとか気軽に言うんだもん。
初対面の時はあまり見れなかった顔も徐々に見れるようになってきて思ったことは『葉月さんはイケメン』ということだった。
柔らかそうな黒髪に切れ長の目で鼻筋が通っている。身体は細めだけど、前にビール箱を三箱ぐらい楽々に持っていた気がするのでがっちりしているのだろう。身長は156cmの綾菜が見上げるほどだから180cm以上あるのではないかと思う。整った顔の時は冷たい印象があるのに笑うととても可愛いギャップもある。正直世の女性が放っておかないタイプの人間だと思う。
「綾菜ちゃん?」
「…葉月さんのばか」
足早にリビングから自分の部屋に戻る。ちょっとの距離なのに、なんで…。
「なんでこんなにドキドキするんだろう…」
胸をぎゅっと押さえてドアに背中を預けた。一番初め、葉月さんと話すのは怖かった。どんな人かもわからないし、近づきたくなかった。でも私がどれだけ嫌な態度をとっても葉月は気にせず話しかけてくれた。
リビングで一緒に話していて怖いと言う気持ちがなくなったのはいつだろう。いつの間にかドキドキしていたのはいつだろう。わからないけど、全てはあの誘いからだったような気がする。今までの世界が、変わる。
不意にずっと閉じていたカーテンを開いてみた。今日は晴れだからか眩しい陽光が部屋に入ってくる。今まで大切にしていた本も、ゲームも、全部が強い光に反射する。眩しいけど、ずっと嫌だと思っていたことが嫌じゃない。それだけでも今までの私とは違うとわかる。
「すごいなあ…」
久しぶりにちゃんと見た太陽は眩しくて目がくらくらしそうだ。それが良いと思う。きっと葉月にドキドキするのは太陽みたいに眩しくて目がくらくらして心臓がびっくりしてるからだ。そう、思っておきたい。