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「んっ…」
綾菜が目を開けると、真っ先に見えたのは白い天井だった。目線を動かすとカプセルのようなものに寝転んでいて、頭や腕に何かついている。
「おはよう」
その声は聴きたくて仕方なかった葉月さんの声だった。
「は、づき…」
喉がカラカラで上手く声が出せない。横から渡された水をストローで少しずつ飲む。
「おかえりなさい」
そう言う葉月さんを見ると、あちらの世界で会った彼とは違った容姿をしていた。髪の毛はくしゃくしゃで背が低くて猫背気味。白衣を着ていて先生っぽい。にっこり笑う優しい雰囲気は葉月さんのままなので安心する。
「た、だいま…?」
「まだ混乱してるよね。それにしてもあちらの世界と容姿全然違うのに僕ってわかるのがさすがと言うかなんというか…」
「雰囲気が、同じだから…」
「そっか…。君が好きだって言ってたゲームのキャラクターを参考にアバター作ってみたんだ。好みじゃない人といるの嫌でしょ?」
そう言うと周りにあった機械を動かしている。ピッピッと動く機械は綾菜の身体に繋がっていて何が起こっているのかわからない。
「順を追って説明するね」
葉月がいうには3ヶ月前、リアル世界を旅するゲームとして開発された【モンド】はプレオープンの為、限られた人たちを集めて先行してゲームをプレイすることになった。
研究に関わった人たちが多い中で、新人の綾菜は若い人目線が欲しいということで呼ばれた研究員だった。他のプレイヤーは旅を出てすぐに帰ってきたものの、綾菜だけが一向に帰ってこない。
事態を重く見た上層部が綾菜が旅する世界を無理矢理覗き込むように指示したが、全てブロックされていて何もかもが見れなくなっていた。何度挑戦しても弾かれてしまう。そして毎日プログラムが少しずつ変わっていく。その行く末を歯嚙みすることでしか見守ることができなかった彼らは、アメリカ本社にいる葉月に助けを求めた。
葉月は元々綾菜の上司で、綾菜に色んなことを教えたのは彼だったからだ。緊急帰国した葉月は、綾菜の世界へ入り込むことに成功し綾菜が自主的に帰れるように画策したということだった。
ぼーっとした頭で思ったことと言えば、葉月が手を握ったりしてきたこともわざとだったのかな…ということだった。
「葉月さんは、その…、私を元の世界に戻すために、あんなことを…?」
手を握ったりとか…と付け加えると、葉月はこちらが吃驚するくらい顔が真っ赤になった。
「いやっ、それはなんというか…!そこに意味はないというか…!」
「意味はない…?」
「あー、クソッ!違う!違うんだよ…」
そういうと頭を掻きむしって膝を抱えてしまった。
なんだか可愛くてつい笑ってしまう。
「葉月さん、私…、もう一度、会えたら言おうと思ってたんです。…貴方のことが大好きです」
そう言って微笑む綾菜を、これでもかというくらい目を大きく開けて口をパクパクしながら見る葉月。
この2人の間に不意に爽やかな風が吹き、春の温かい陽気が彼らを包んだのだった。
これで完結です。今まで見て頂きありがとうございました。
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