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ベットの中で包まっているといつの間にか寝てしまっていたらしい。すっかり夜が更けていた。ぼーっとした頭で月明かりを眺める。
頭がおかしいのだろうか。この空はまるでゴッホの『星月夜』のようではないか。
眩い星月の光が部屋を照らしている。自室を見回すと、直島に持っていった鞄がいつもとは違う場所に置かれていた。綾菜は物の配置を決めておくタイプなので、そこにあるのはおかしい。
鞄の中を開けると、整理した後なのかほとんど何も入っていない。それでも葉月との繋がりは何かないかと思って、鞄を漁っているとモネの『睡蓮』が描かれたポストカードが入っていた。それはお互い旅の終わりにポストカードを贈りあおうといった時に葉月に渡したポストカードで、私はエル・グレコの『受胎告知』にメッセージを書いていた。
鞄の中を隈なく探しても『受胎告知』は見つからず、落胆してモネの『睡蓮』を眺める。後ろにめくると、そこには確かに葉月の字で文章が短く綴られていた。
【君の探している答えはこの中にある】
「どういうこと…?」
外で揺らめく『星月夜』、…パソコンに羅列された意味の分からない暗号。解決することのできない数々の記憶が思い起こされる。
「わた…しは…」
また頭が割れるように痛い。外の『星月夜』は崩れ落ちるように無くなり、そこには星も月も何もない真っ黒な世界になっていた。不自然な暗闇で綾菜は目をつむり、地中美術館の『睡蓮』を思い浮かべた。
―勢いよく目を開けると、そこは間違いなく“地中美術館”だった。目の前に見えるモネの『睡蓮』は薄暗い中で光って見える。他の4作も光っていたけど、私が吸い込まれるように近づいたのは葉月が「触ってみたら?」と言った『睡蓮』だった。右手を伸ばして触れると、絵画に触れることはできず手が奥へと進んでいく。
「…葉月さん」
葉月さんはきっと、私を助ける為に来てくれたんだ。私がこの世界にずっと居続けているから心配になったのかな。
ねえ、葉月さん。この先に進んだら貴方にもう一度、出会えるかな。
【進め!】
どこからともなく聞こえた葉月の声に背中を押されて綾菜は『睡蓮』の中へと入っていった。




