087 9人のナンバーズ
ケリーの猛攻を、芳賀はかろうじて防ぎ止めていた。巧みなステップで回避し、あるいはナイフで爪の一撃を受け止める。
敵の動きが速すぎるため、肉眼でその全てを捉えることは不可能だ。視界に映る残像を頼りに、彼は回避能力を行使し続けていた。
だが、まれに残像を捉えられないときもある。全くのノーダメージというわけではなく、芳賀はじりじりと追い込まれていた。
(……荒谷に頼んで、増援を呼びに行かせてある。僕たちの役目は、それまで持ちこたえることだ)
ケリーの放った回し蹴りを避け切れず、芳賀が呻く。脇腹を強打されてふらついたところへ、紺色の怪人は跳びかかった。
「和子、ガードして!」
「分かった!」
そこで、唯と和子のペアが動いた。
和子の背にそっと触れ、唯がブーストをかける。干渉力を強めた和子は、地面に手を突き、それを大きく隆起させた。厚さ数十センチはあろうかと思われる土の壁が、ケリーの攻撃を阻む。
「小賢しいわね」
怪人は悪態を吐いたが、さほど困っている風でもなかった。一旦バックステップで下がり、助走をつけてから高く跳躍する。一跳びで障壁を越え、空中で右腕を振り上げた。
鋭い爪の先が、四人を狙っている。
「そうはさせるか!」
すかさず、今度は菅井が力を使った。指を鳴らし、ケリーの動きをぴたりと静止させる。
地上では高速で動き回れても、跳躍し、自由落下に入っている瞬間だけは思うように動けないはずだ。その一瞬の隙を、彼は狙った。
意表を突かれたのだろう。紺の怪人が、目を剥いた。
敵の動きを封じたはいいが、長くはもたない。菅井の停止能力は、五秒間しか効果が続かないのだ。その間にダメージを与え、反撃に転じる必要がある。
芳賀、菅井、和子、唯。この四人の共通点は、「殺傷力の高い攻撃方法を持たない」ということだ。かといって、管理者が無抵抗で落下してくるのを、何もせず眺めるわけにもいかない。
「ぶちかましていいよ、和子!」
「おっけい、唯ちゃん!」
唯が渡した鉄パイプが、和子の能力によって瞬時にスナイパーライフルへと変化を遂げる。芳賀と菅井も拳銃を構え、地面に激突する寸前のケリーへ向け、四人は発砲した。
しかし、ネイビーブルーの皮膚を穿つほどのダメージを負わせることはできなかった。すぐに体勢を立て直し、怪人が芳賀たちへ突進しようとする。
そこへ、二発の光弾が降り注いだ。
「……何っ⁉」
荒谷が能見を、咲希が陽菜の体を支えて飛び、空いた片手から破壊光弾を放ったのだ。紅の弾丸を受けて、ケリーは大きく吹き飛ばされた。
二人と一緒に飛ぶのは、ずいぶん久しぶりな気がした。海上都市の外、そこに拡がっている海原を見せられたとき以来かもしれない。
荒谷と咲希が降下し、能見、陽菜も地面に足をつける。ケリーの襲撃を受けた仲間たちを助けるため、飛行能力を借りて現場に急行した次第だった。
「……ちょ、ちょっと待ってくれや」
ぜえぜえと息を切らし、あとから必死に駆けてきたのは武智である。
「何で俺だけ徒歩なんや⁉ さすがに理不尽すぎるやろ」
「悪いわね。一度に運べるのは、一人が限界なの」
彼の訴えを、咲希はそっけなく突っぱねた。
が、厳密には回答になっていない。一度に一人しか運べないのなら、なぜ武智をハズレ枠にしたのかを説明していないからだ。
なお、彼女が武智への悪感情を残していることも、冷遇した一因であるように思われる。
何はともあれ、能見たちも合流し、九人のナンバーズが揃った。
四人目の管理者、ケリーを倒すため、戦士たちの反撃が始まる。
「……面白いじゃない。まとめて始末してあげるわ」
並び立った戦士たちを見ても、ケリーは臆しなかった。むしろ戦闘本能を刺激されたらしく、かん高い笑い声を上げる。
「あなたたちナンバーズさえ消せば、計画は完成する。私たちの悲願のため、犠牲になってもらうわよ!」
光弾によるダメージから立ち直った彼女は、地面を蹴り飛ばしてターゲットへ迫った。両腕の爪を振り上げたところを、荒谷と咲希が迎え撃つ。
「やられるのはお前の方だ」
「せいぜい地獄で後悔しなさい!」
再度飛び上がった二人は、空中に浮かんだまま、紅蓮の破壊光弾を連射した。
続けざまに手のひらから放たれる光弾を前に、ケリーも「まともに喰らってはまずい」と判断したらしい。接近戦を挑むのではなく、高速移動で回避するプランに切り替えた。ほとんど一発も被弾することなく、光弾の雨の中をかいくぐっている。
けれども、それこそが二人の狙いだった。すなわち弾幕を張り、敵を間合いに踏み込ませないことによって、こちらからの攻撃を容易にするのだ。
「……陽菜さん」
「うん!」
能見と彼女は頷き合い、互いに距離を縮めた。
こんなことをしていたら、また武智から誤解されるかもしれない。だが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。僅かな残像を残し、恐るべき速さで光弾をかわし続けているケリーに攻撃を当てるには、正確な照準が不可欠である。
能見が伸ばした腕に、陽菜がそっと手を添える。未来予知の力を使い、数秒後にケリーが移動してくる地点を先読みする。
くいくい、とシャツの袖を引っ張って、陽菜が能見の手を右へ動かす。それで照準は定まった。
「能見くん、今だよ!」
「ああ。任せろ!」
共に戦ってきたベストパートナーとの信頼は強固で、何者にも打ち砕けない。
狙い定めて放たれた雷撃の槍が、ケリーの胴に命中する。紫電を流し込まれて体が痺れ、紺の怪人は動きを鈍くした。
移動速度がダウンし、敵の動きが肉眼で捉えられるようになった。このチャンスを逃すまいと、仲間たちは一斉に攻勢に転じる。
「リーダー、頼んだよ」
「お安い御用だ」
唯が菅井の背に触れ、その停止能力にブーストをかける。菅井が指を鳴らし、今度こそケリーの動作を完全に止めた。
「あの日の借り、今こそ返したるわい!」
無防備になった怪人へ、武智が躍りかかる。連続でナイフを振るい、風の刃を浴びせた。
さらに、和子もスナイパーライフルで、芳賀も拳銃で援護射撃を加える。そこで停止能力の効果が切れ、猛攻を受けたケリーはよろよろと後ずさった。
「……嘘よ、あり得ないわ。この私が、人間ごときに押されているなんて」
電流による麻痺はまだ抜けきっておらず、したがって動きはぎこちない。
「舐めるなよ。これが俺たち、人間の力だ!」
彼女へ決定打を与えるべく、能見は右腕に紫電を纏わせた。至近距離から一撃を見舞い、戦闘不能に追い込むつもりだった。
「……能見くん、ダメっ」
しかし、いざ駆け出そうとしたところを、陽菜に左手を掴まれる。振り向くと、彼女は強張った表情を浮かべていた。
「伏せてっ」
次の瞬間、ナンバーズたちの頭上を、赤い稲妻が轟音を立てて走り抜けた。




