084 どっちが好きなの
「ちょっと、咲希ちゃん」
が、陽菜の声が思考を遮った。
見れば、能見と咲希の間へ割って入り、彼女はむうっと頬を膨らませていた。
「能見くんのパートナーは、私だから。あんまりベタベタしないで」
「な、何よ。あたしはただ、転びそうになったから助けてもらっただけよ!」
なぜか咲希もムキになり、一歩も退かない。能見から体を離すやいなや、陽菜と対峙した。
「本当かなあ?」
「は? あたしが嘘をついてるとでも思ってるの?」
女たちがバチバチ火花を散らす中、能見ははらはらしていた。このところ、陽菜は自分に対して独占欲を強めているような節がある。
『オーガストと戦ったときも、今回も、能見くんは咲希ちゃんの力ばっかり借りてるし。私なんかもう必要ないのかなって思ったら、寂しくなっちゃって』
アイザックと交戦した折にも、彼女は右のように言って拗ねていた。咲希のことを意識するのは良いとしても、それが元でチームワークに支障をきたしてはまずい。
「なあ、二人ともそのくらいに……」
「能見くんはどっちがいいの?」
仲裁しようとしたところ、陽菜はこちらを向いて問うてきた。真剣な眼差しが、体に刺さるようで痛い。
「……え?」
「だから、私と咲希ちゃんだったら、どっちが好きなの?」
あまりにもストレートな質問に、能見は狼狽した。
もちろん、「陽菜さんだよ」と答えるのは簡単だ。この街で目覚めてからずっと一緒に行動し、数々の困難を切り抜けてきた。咲希も心強い仲間ではあるが、陽菜こそベストパートナーにふさわしい。
けれども、「どっちが好きなのか」と聞かれてそう答えてしまうと、あらぬ誤解を招く可能性がある――とりわけ、三人の関係性をあまり深く知らない者からは。
「……な、なんちゅうか、お前らのグループも楽しそうでええなあ! まるで昼ドラや」
ガハハ、と武智が豪快な笑い声を上げる。本人は場を和ませたつもりらしいが、全くの逆効果なのでやめてほしい。
「私は毎日、能見くんと一緒の部屋で寝てるもん。だからパートナーは私なの!」
「そうは言っても、戦いにおいてはあたしの方が役に立ってるじゃない。照準補助なんかしなくたって、総攻撃力を倍にして、物量で圧倒すれば勝てるのよ」
「いくら撃っても、当たらなかったら意味ないよ。私の方が、無駄なエネルギーを使わずに戦えるもん」
武智のことはひとまずスルーするとして、問題は陽菜と咲希だ。不毛な言い争いはまだ続いている。
「一緒の部屋で寝てる」などと、誤解を招く発言は控えてもらいたいものだ。後ろで聞いている武智が、ぽかんと口を開けているではないか。
一つ深呼吸してから、能見は二人の元へ近づいた。
「俺は二人とも、大切な仲間だと思ってるよ。長年タッグを組んできたのは、陽菜さんだけどな」
これで模範解答ができただろうか。怖々と陽菜を見ると、彼女は満足したように微笑んでいた。
「だよね! さすが能見くんだよ」
「……そこ、褒めるところか?」
やっぱり陽菜は天然だ。一般人とはどこか感覚がズレている、と能見は思う。
そういうところが、たまにどうしようもなく可愛いのだけれども。
南側のエリアを担当する二チーム目は、男性陣が芳賀賢司、菅井颯、荒谷匠の三人。女性は、清水唯、望月和子の二人である。
能見らのチームは、武智以外の三人が芳賀の陣営に属する。反対にこちらは芳賀のグループから二名、菅井のグループから三名と、比率が逆転していた。
陽菜のように未来予知ができる者がいないため、彼らは目視でカメラを探すより他ない。しかし荒谷は、別のエリアで監視カメラを破壊したことがあった。カメラの配置場所のパターンは大体頭に入っており、さほど手間取ることもなかった。
「俺が光弾でカメラを潰すから、ちょっと手伝ってくれないか」
荒谷がまず声を掛けた相手は、唯だった。彼女の力でブーストをかけてもらい、光弾の弾数や威力を底上げして、作業効率をアップさせようという狙いである。
「ええ、分かったわ」
今までこそ対立してきたが、もはや両勢力の間に溝はない。唯は快く引き受け、荒谷の背に軽く手を振れた。能力が発動し、荒谷の持つ力がぐんぐん高められていく。
「ありがとう。助かるぜ」
白い歯を見せて笑い、荒谷は飛び去った。地面を蹴ってふわりと浮き上がり、両手から放つ真紅の破壊光弾でカメラを爆破していく。
その鮮やかな手際に、唯は思わず見とれていた。グレーの布マスクに隠れた頬には、ちょっぴり赤みが差していたかもしれない。
実を言うと、彼女は荒谷へ一目惚れしていたのである。アイザックの魔手から助け出されたとき、彼は唯を連れて逃げた。いわゆる「お姫様抱っこ」で、安全な場所まで自分のことを移動させてくれた。
その後は、芳賀の部下から手当てを受けたりするなど、色々と忙しかった。ゆえに、荒谷と交わした言葉が大して多かったわけでもない。
にもかかわらず、今や唯はトリプルスリーに夢中だった。運命的なものを感じてさえいた。




