083 紫電の謎
さて、芳賀率いるグループと、菅井たち四人は和解した。両勢力は手を取り合い、打倒管理者のために動き出した。
スチュアート、アイザックを撃退し、和子と唯を助け出すことにも成功した。けれども、状況はまだ予断を許さない。菅井たちの支配下にあるエリア、そこに設置された監視カメラを破壊しないことには、また彼らが襲われないとも限らないからだ。
したがって、両グループにとって初めての共同作業は、カメラの破壊ということになった。二チームに分かれ、一方がエリアの北側、もう一方が南側を探索する。
北側を担当するのは、以下の四名である――能見俊哉、花木陽菜、綾辻咲希、それから武智将次。
以前、陽菜と荒谷がタッグを組み、カメラを破壊して回ったことがあった。要領はそれに似ている。予知能力を使い、陽菜が監視カメラのおおよその位置を特定。そこに能見が電撃で、武智が風の刃で仕掛け、破壊していくという寸法だ。
なお、咲希は男性陣のどちらかの力をコピーし、適宜フォローすることになっていたのだが。
「あんたは黙って見てなさい。あたしがやった方が、出力は高くなるわ」
手から稲妻を放とうとした能見を制し、咲希は前に出た。すっと突き出した手のひらから、彼のものと同じ紫電が撃ち出される。壁と同じ白色に塗られたカメラは、たちまちスパークに貫かれた。
「これで一丁上がりね」
ショートヘアの後ろ髪をかき上げ、咲希は「ふふん」と得意げに笑った。
彼女の能力は、単に相手の力を真似るだけではない。オリジナルよりも威力を増幅し、さらに強力な攻撃を放てるのだ。「あたしがやった方が、出力は高くなる」とは、つまりそういうことである。
見つけ次第、彼女は次々にカメラに雷撃をぶつけていく。完全に出番を奪われた格好になり、能見はぼやいた。
「……俺、帰ろうかな」
「ダメよ。あたしの能力は、近くにいる相手しかコピーできないんだから。遠くに行かれたら困るわ」
振り返り、咲希はびしっと指を突きつけてきた。
「冗談だって」
もちろん、能見も本気で帰りたかったわけではない。
監視カメラを壊されて、スチュアートら管理者が黙っているはずもないからだ。彼らが妨害してきたときに備え、二チームとも十分な戦力を用意しておく必要がある。
「おい、ちょっと待てや」
そこへ割り込んできたのは、先ほどまで黙々と作業に取り組んでいた、武智である。ナイフを振るう手を止めて、胡散臭そうな目で咲希を見やる。
「お前、何でトリプルシックスの力ばっかりコピーしてんねん。ちょっとくらい、俺の力も使えや」
「……は? あんたの力を借りるなんて、死んでもごめんなんだけど」
途端に、彼女の視線が鋭くなった。声音も心なしか冷たくなっている。
「匠を傷つけたあんただけは、まだ許してないから」
咲希が怒るのも当然である。
最初に菅井たちと交戦した際、荒谷は武智に斬りつけられ、腹部に怪我を負った。いくら反省し、罪を償おうとしているからと言って、恋人をひどい目に遭わせた男を簡単に許せるはずもない。
「いや、その節はほんまにすまんかった。前にも何度も謝ったやろ?」
「誠意が足りないのよ、誠意が!」
「そんな無茶苦茶な。俺にどうしろって言うねん」
管理者に従わされていた頃のことを出されると、武智はどうにも反論できなかった。咲希の強気なペースに呑まれ、たじたじになっている。
そんなやり取りを横目に、能見と陽菜は顔を見合わせ、苦笑した。
「たぶん、ここで最後くらいです」
陽菜が指さしたのは、アパートの上部。
二か所に設置されたカメラの、左方を咲希の稲妻が、右方を武智のかまいたちが粉砕した。それをもって、四人の果たすべき任務は終了となる。
「何てことなかったわね。管理者にも邪魔されなかったし、案外簡単じゃない」
ふう、と息を吐き出し、咲希は能見へ歩み寄ろうとした。
「ありがとね。力、貸してくれて」
「別にいいぜ。貸して減るもんじゃないしな」
二人が微笑み合ったのも束の間だった。突然、咲希の足元がおぼつかなくなる。
「……わ、わわっ」
前のめりに転びそうになった彼女を、危ないところで能見は抱きとめた。
「大丈夫か?」
「う、うん」
近距離で肩と腰を掴まれているからか、咲希はやや赤面していた。今のは不可抗力だし、彼女には荒谷というフィアンセがいるのだが、このシチュエーションではどぎまぎせざるを得なかったらしい。
「おかしいな。あたし、どうしちゃったんだろう」
「……もしかして、俺の力を使ったからじゃないか?」
咲希が立つのを手伝いながら、能見が呟く。
前にも一度、彼女に自分の力をコピーさせたことがある。
オーガストを倒すためには、彼に最も有効と思われる雷撃を、最大の威力で叩き込む必要があった。そこで能見の立てた作戦が、「咲希に能力をコピーさせ、倍以上の攻撃力で応戦する」というものだった。
しかし、トリプルシックスの力を扱うのに、彼女は少々手間取った。雷を見当違いの方向へ飛ばしてしまったり、体に電流を纏わせようとしたら、間違えて自分が痺れてしまったり。失敗のバリエーションは実に豊かである。
咲希いわく、コピーに失敗したのは初めてだったらしい。「あのときと似たような現象が起きたのではないか」と、能見はほとんど直感的に推測した。
おそらく、紫電を操るこの力には、何か副作用のようなものがあるのだ。能見自身はそれを克服できていても、別の被験者が力をコピーし、いきなり使おうとすると副作用を受けてしまう。
能見の持つ力は、きわめて特殊だ。初めは能力をコントロールできず、やみくもに紫電を落としてしまったこともある。雷を操れるらしいことは分かったものの、なぜ彼だけが力を使いこなすのに時間がかかったのか、咲希がそれをコピーしにくいのかは不明である。
自分に与えられた謎の力について、能見は漠然とした不安を感じていた。




