082 繋いだ手
紅の怪人が腕を突き出し、手のひらから稲妻を放とうとする。それを見て、狙いを定まらせないようにすべく、五人は散開した。
前後左右からアイザックを取り囲んだのち、最初に動いたのは芳賀と武智だった。ほぼ同時にナイフを抜き放ち、二方向から斬りかかる。
「面白い。まずはお前たちから始末してやる」
残忍な笑みを浮かべ、アイザックが手から真紅の電流を繰り出した。
が、トリプルセブンにはかすりもしない。巧みなステップで雷撃をかわし、芳賀はいつの間にか敵の懐へ飛び込んでいた。
「残念だったね。姿を消せるスチュアートはともかく、君の攻撃なら回避するのは容易い!」
すれ違いざまに一太刀を浴びせ、怪人がふらつく。
「……今まで散々好き勝手してくれたな。お前らとも、これまでや!」
さらに背後から、猛然と武智が迫る。連続でナイフを振るい、次々とかまいたちを放った。風の刃を全身に受けて、アイザックの体が軽く吹き飛ぶ。
「ぐあっ」
倉庫の壁に背を打ちつけ、彼は隙を見せていた。
(奴に決定打を与えられるのは、今しかない)
そう思い、電撃を浴びせようとした能見の袖を、小さな手がちょこんとつまむ。
「……待って」
振り返ると、陽菜が膨れっ面で立っていた。能見と視線を合わせようとせず、微かに頬を染めている。今日の彼女はご機嫌斜めらしい。
「私が照準補助するから、ちょっとだけ攻撃するのを待って」
「いいけど……」
初めて咲希と戦ったとき、素早く上空を飛び回る彼女に対し、能見と陽菜は「奥の手」を使った。体をほとんど密着させ、手を繋ぐような格好で、陽菜の予知能力によって敵の動きを先読み。彼女に導かれ、的確な射撃を行って勝利を収めた。
あの後、味方になった咲希から「どういう関係なの」と聞かれ、誤解されたのが懐かしい。あれをまたやろう、と陽菜は言っているのだろうか。新たに仲間になった菅井たちから、あまり変な風に思われたくはないのだが。
「急にどうしたんだよ。陽菜さん、なんか変だぞ」
能見は元来、隠し事のできない性格である。だから、ストレートに問いただしてみることにした。
確かに照準を補助してもらえれば、彼の電撃はほぼ百発百中になる。オーガストのように極端に耐久力の高い相手はまた別だが、能見の攻撃力はかなりのものだ。当たりさえすれば、大抵の敵にダメージを負わせられる。
だが、陽菜の申し出はやや唐突に感じられたし、何より態度が不自然だった。
「……だって、寂しかったんだもん」
隠し事ができないのは、彼女も同じなのかもしれない。陽菜は顔を赤らめ、目を逸らしたまま、あっさりと本心を打ち明けた。
「オーガストと戦ったときも、今回も、能見くんは咲希ちゃんの力ばっかり借りてるし。私なんかもう必要ないのかなって思ったら、寂しくなっちゃって」
「そんなわけないだろ」
能見は大きく息を吐き出した。
陽菜に自分のことを意識されているようで、何だか気恥ずかしかった。というか、さっきの彼女の言葉はやきもちそのものではないか。
別に、咲希に対してそういう感情を持ったことはない。彼女には荒谷というパートナーがいるし、そこに割って入るような無粋な真似もしたくない。
「俺たち、今まで力を合わせて、一緒に戦ってきたじゃないか。これからだって、それは変わらないぜ」
陽菜の手をぎゅっと握り返しながら、能見はアイザックへ視線を戻した。
「能見くん……」
陽菜から熱っぽい視線が送られていることには、気づいていなかった。
いや、彼女自身、能見に抱いている感情を自覚していたかどうか怪しい。それを正確に把握できるほど、陽菜は恋愛経験が豊富ではなかった。
「――ありがとう」
耳元で囁かれて、どきりとした。動揺を押し隠し、能見は「ああ」とか「うん」とか、曖昧な答えを返した。
彼が見つめる先では、武智がアイザックへ猛攻を加えている。怒涛の勢いで繰り出される風の刃に、紅の怪人は手こずっていた。芳賀が拳銃で援護射撃を加えていることもあって、なかなか形勢を逆転できずにいる。
そこで、パチン、と菅井が指を鳴らし、アイザックの動きがぴたりと止まった。停止能力が発動されたのだ。
仲間たちが生み出した絶好のチャンスを、無駄にはすまい。
「行くぞ、陽菜さん」
「うん!」
彼女の機嫌は、すっかり直っていた。元気そうに頷き、陽菜が能見の手を取る。
「666」と「111」、二人合わせてトリプルセブン。彼と彼女の幸運は、いまだ色あせていない。
そうしてアイザックの胸部へ狙いを定め、渾身の力を込めて、紫電の槍を撃ち出した。
「くっ……」
だが、敵もさるもの。体は動かせなくとも、電流の操作はある程度できたらしい。とっさに電磁波のシールドを形成し、能見の放った雷撃を防ごうとする。
能見の腕をくいっと引き、陽菜が少しだけ攻撃軌道を修正した。それにより、紫電がシールドの最も弱い部分を貫き、ついにアイザックへ命中する。
激痛に呻いた怪人を、稲妻が数メートルも吹き飛ばす。アイザックが片膝を突いたのを見て、菅井は淡々と言った。
「スチュアートに伝えておけ。俺たちにはもう、お前たちの操り人形になるつもりはないとな」
「……モルモットどもが。覚えてろよ」
能見と陽菜の連携攻撃でさえも、決定打にはなっていない。オーガストを瞬殺するほどのアイザックの実力は、やはり伊達ではなかったようだ。
しかし、さすがに多勢に無勢だと悟ったらしい。じりじりと後ずさり、踵を返すと、アイザックは人間離れした速さで走り去ってしまった。跳躍したかと思うと、アパートの屋上から屋上へ跳び移り、視界から姿を消す。
空を飛べる荒谷、あるいは咲希がこの場にいない以上、追跡は諦めた方が良さそうだった。それでも能見たちは、管理者を退けた達成感に包まれていた。
「一時はどうなることかと思ったけど、何とか撃退できたね。……さあ、君たちの仲間の様子を見に行こう」
「助かるぜ」
「恩に着るわい」
芳賀の案内で、菅井と武智が倉庫から出て行く。おそらく、和子と唯の容態を確かめようというのだろう。
「能見くん、私たちも行こう!」
「おう」
陽菜に急かされるようにして、能見も彼らの後に続こうとした。が、ぴたりと足を止めた。
「……陽菜さん、いつまで手、繋いでるの?」
「あ」
握ったままの二つの手を見て、陽菜はかあっと赤くなった。それから恥ずかしそうに笑って、ゆっくり手を振りほどいた。
その仕草が何とも可愛らしくて、能見の心拍数が急上昇したことは内緒である。




