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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
6.追憶のトリプルゼロ編
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082 繋いだ手

 紅の怪人が腕を突き出し、手のひらから稲妻を放とうとする。それを見て、狙いを定まらせないようにすべく、五人は散開した。


 前後左右からアイザックを取り囲んだのち、最初に動いたのは芳賀と武智だった。ほぼ同時にナイフを抜き放ち、二方向から斬りかかる。


「面白い。まずはお前たちから始末してやる」


 残忍な笑みを浮かべ、アイザックが手から真紅の電流を繰り出した。


 が、トリプルセブンにはかすりもしない。巧みなステップで雷撃をかわし、芳賀はいつの間にか敵の懐へ飛び込んでいた。


「残念だったね。姿を消せるスチュアートはともかく、君の攻撃なら回避するのは容易い!」


 すれ違いざまに一太刀を浴びせ、怪人がふらつく。


「……今まで散々好き勝手してくれたな。お前らとも、これまでや!」


 さらに背後から、猛然と武智が迫る。連続でナイフを振るい、次々とかまいたちを放った。風の刃を全身に受けて、アイザックの体が軽く吹き飛ぶ。


「ぐあっ」


 倉庫の壁に背を打ちつけ、彼は隙を見せていた。



(奴に決定打を与えられるのは、今しかない)


 そう思い、電撃を浴びせようとした能見の袖を、小さな手がちょこんとつまむ。


「……待って」


 振り返ると、陽菜が膨れっ面で立っていた。能見と視線を合わせようとせず、微かに頬を染めている。今日の彼女はご機嫌斜めらしい。


「私が照準補助するから、ちょっとだけ攻撃するのを待って」


「いいけど……」


 初めて咲希と戦ったとき、素早く上空を飛び回る彼女に対し、能見と陽菜は「奥の手」を使った。体をほとんど密着させ、手を繋ぐような格好で、陽菜の予知能力によって敵の動きを先読み。彼女に導かれ、的確な射撃を行って勝利を収めた。


 あの後、味方になった咲希から「どういう関係なの」と聞かれ、誤解されたのが懐かしい。あれをまたやろう、と陽菜は言っているのだろうか。新たに仲間になった菅井たちから、あまり変な風に思われたくはないのだが。



「急にどうしたんだよ。陽菜さん、なんか変だぞ」


 能見は元来、隠し事のできない性格である。だから、ストレートに問いただしてみることにした。


 確かに照準を補助してもらえれば、彼の電撃はほぼ百発百中になる。オーガストのように極端に耐久力の高い相手はまた別だが、能見の攻撃力はかなりのものだ。当たりさえすれば、大抵の敵にダメージを負わせられる。


 だが、陽菜の申し出はやや唐突に感じられたし、何より態度が不自然だった。


「……だって、寂しかったんだもん」


 隠し事ができないのは、彼女も同じなのかもしれない。陽菜は顔を赤らめ、目を逸らしたまま、あっさりと本心を打ち明けた。


「オーガストと戦ったときも、今回も、能見くんは咲希ちゃんの力ばっかり借りてるし。私なんかもう必要ないのかなって思ったら、寂しくなっちゃって」


「そんなわけないだろ」


 能見は大きく息を吐き出した。



 陽菜に自分のことを意識されているようで、何だか気恥ずかしかった。というか、さっきの彼女の言葉はやきもちそのものではないか。


 別に、咲希に対してそういう感情を持ったことはない。彼女には荒谷というパートナーがいるし、そこに割って入るような無粋な真似もしたくない。


「俺たち、今まで力を合わせて、一緒に戦ってきたじゃないか。これからだって、それは変わらないぜ」


 陽菜の手をぎゅっと握り返しながら、能見はアイザックへ視線を戻した。


「能見くん……」


 陽菜から熱っぽい視線が送られていることには、気づいていなかった。


 いや、彼女自身、能見に抱いている感情を自覚していたかどうか怪しい。それを正確に把握できるほど、陽菜は恋愛経験が豊富ではなかった。


「――ありがとう」


 耳元で囁かれて、どきりとした。動揺を押し隠し、能見は「ああ」とか「うん」とか、曖昧な答えを返した。



 彼が見つめる先では、武智がアイザックへ猛攻を加えている。怒涛の勢いで繰り出される風の刃に、紅の怪人は手こずっていた。芳賀が拳銃で援護射撃を加えていることもあって、なかなか形勢を逆転できずにいる。


 そこで、パチン、と菅井が指を鳴らし、アイザックの動きがぴたりと止まった。停止能力が発動されたのだ。


 仲間たちが生み出した絶好のチャンスを、無駄にはすまい。


「行くぞ、陽菜さん」


「うん!」


 彼女の機嫌は、すっかり直っていた。元気そうに頷き、陽菜が能見の手を取る。


 「666」と「111」、二人合わせてトリプルセブン。彼と彼女の幸運は、いまだ色あせていない。

 そうしてアイザックの胸部へ狙いを定め、渾身の力を込めて、紫電の槍を撃ち出した。


「くっ……」


 だが、敵もさるもの。体は動かせなくとも、電流の操作はある程度できたらしい。とっさに電磁波のシールドを形成し、能見の放った雷撃を防ごうとする。


 能見の腕をくいっと引き、陽菜が少しだけ攻撃軌道を修正した。それにより、紫電がシールドの最も弱い部分を貫き、ついにアイザックへ命中する。


 激痛に呻いた怪人を、稲妻が数メートルも吹き飛ばす。アイザックが片膝を突いたのを見て、菅井は淡々と言った。


「スチュアートに伝えておけ。俺たちにはもう、お前たちの操り人形になるつもりはないとな」



「……モルモットどもが。覚えてろよ」


 能見と陽菜の連携攻撃でさえも、決定打にはなっていない。オーガストを瞬殺するほどのアイザックの実力は、やはり伊達ではなかったようだ。


 しかし、さすがに多勢に無勢だと悟ったらしい。じりじりと後ずさり、踵を返すと、アイザックは人間離れした速さで走り去ってしまった。跳躍したかと思うと、アパートの屋上から屋上へ跳び移り、視界から姿を消す。


 空を飛べる荒谷、あるいは咲希がこの場にいない以上、追跡は諦めた方が良さそうだった。それでも能見たちは、管理者を退けた達成感に包まれていた。


「一時はどうなることかと思ったけど、何とか撃退できたね。……さあ、君たちの仲間の様子を見に行こう」


「助かるぜ」


「恩に着るわい」


 芳賀の案内で、菅井と武智が倉庫から出て行く。おそらく、和子と唯の容態を確かめようというのだろう。



「能見くん、私たちも行こう!」


「おう」


 陽菜に急かされるようにして、能見も彼らの後に続こうとした。が、ぴたりと足を止めた。


「……陽菜さん、いつまで手、繋いでるの?」


「あ」


 握ったままの二つの手を見て、陽菜はかあっと赤くなった。それから恥ずかしそうに笑って、ゆっくり手を振りほどいた。


 その仕草が何とも可愛らしくて、能見の心拍数が急上昇したことは内緒である。


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