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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
6.追憶のトリプルゼロ編
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080 絆と絆の狭間で

「トリプルファイブとトリプルエイトを助けたければ、忠誠の証を示してもらおう。君たち自身の手で、他のナンバーズを抹殺するんだ」


 勝ち誇った表情で、深緑の怪人が能見たちを順に指差していく。


「君たちがここに彼らを連れてきたということは、十中八九、私たちに刃向かう決意を固めかけていたということだ。……けど、それも大目に見てあげてもいい。『ターゲットを誘導してくれた』と好意的に解釈して、もう一度私たちの元で働かせてやっても構わないよ」


「おっと、変な真似はするなよ。少しでも妙な動きを見せれば、この二人の命はない」


 そう言って、アイザックはにやりと笑った。唯の首筋へ手を伸ばし、赤い稲妻を流し込む。


「ちょっとしたデモンストレーションだ」


「……ん、んんっ。んああああっ」


 体内を高圧電流が流れる激痛に、彼女は目を剥き、全身を痙攣させた。



「お前、何てことを」


 自分と同種の力を使い、アイザックは平気で人を傷つけている。我慢ならず、能見は声を張り上げた。


「心配するな、威力は加減してある。この程度じゃ人は死なねえよ」


 紅の怪人が手を離すと、唯は今にも崩れ落ちそうだった。彼の胸に寄りかかり、かろうじて立っている状態だった。いまだにダメージが抜けず、華奢な体をがくがく震わせている。


 着ているパーカーも、熱で数か所が焼け焦げていた。



 大切な仲間が痛めつけられている光景に、菅井は内心、はらわたが煮えくり返りそうだった。


 しかし、この状況を覆す一手が思いつかない。つまるところ、手詰まりだった。


 菅井の停止能力は、一度に一体のターゲットしか動きを止められない。しかも、効果持続時間はたった五秒である。唯のブーストを受ければ十秒ほど粘れるが、彼女は今、アイザックに取り押さえられている。


 スチュアートとアイザック、どちらかの動きを封じたとしても、その間にもう一人が裏切りに気づき、人質を始末してしまうかもしれない。もし、ここまで想定した上でアイザックを連れてきたのだとしたら、スチュアートは相当な策士だ。


 二人同時に動きを止めなければ、和子と唯を救出することは不可能だ。けれども、いくら考えてもその方法が分からない。


 かといって、管理者に屈する気は毛頭なかった。美音が殺されたことをも打ち明け、緊迫した話し合いの末に、ようやく能見たちと手を取り合うことができたのだ。また彼らと殺し合うなんて、できるはずもない。



 一方では、和子と唯を失いたくないという気持ちも強い。矛盾した感情の板挟みになり、彼は苦悩した。


 管理者に囚われた彼女たちは、目を潤ませ、何かを訴えかけるようにこちらを見ている。


(俺はどうすればいいんだ。今、リーダーとして下すべき決断は何だ?)


 また仲間の命が奪われるなど、絶対にあってはならない。美音がスチュアートに無惨にも殺されたとき、自分たちは誓ったではないか。もう二度と犠牲を出さず、誰も死なせはしないと。


 だが同時に、能見たちを斬り捨てることもできない。同盟を結んだ今では、彼らも自分たちの仲間だ。死闘を演じるのはもってのほかだ。


 菅井は激しく混乱していた。


 彼を落ち着かせるように、誰かがその肩をぽんと叩く。驚いて顔を上げると、彼は刹那微笑みかけ、すぐ歩き去った。


「――そっちの要求は分かった。だったら、望み通りにさせてやる」



 一歩前へ出て、能見は挑むようにスチュアートを睨んだ。そして振り返り、咲希を一瞥する。


 咲希は「えっ、あたし?」と言いたげだったが、彼に何か思惑があるのを察したのだろう。何も言わず、すっと前へ出た。


 なぜ彼女が選ばれたのかは、仲間たちも知らなかった。またしても能見の側のポジションを奪われ、陽菜はやや機嫌を損ねている。


「オーガストを追い詰めたとき、主戦力になったのは俺と咲希さんだ。お前たち管理者としても、俺たちから先に仕留めておきたいんじゃないのか」


「……これは傑作だ。進んで首を差し出すとは、気でも狂ったのかい?」


 クックッと笑い声を漏らし、スチュアートは菅井、そして武智を見やった。


「何を迷っている。ターゲットが自ら名乗り出てくれたんだぞ。さっさとトリプルシックスたちを始末しろ!」



「……無理だ。俺にはできない」


 自分たちを助けるために、能見は自己犠牲を払おうとしている。菅井はそう解釈した。


 だが、できるはずもなかった。針に糸を通すような困難の果てに、やっとの思いで得た仲間を失うわけにはいかない。


 林愛海を手にかけた自分たちを、彼らは受け入れてくれた。罪滅ぼしのために戦うことを認めてくれた。その好意をすべて無にするなど、自分にはできない。


「俺はもう二度と、人殺しに手を染めるつもりはない。ましてや、かけがえのない仲間を斬るなどできない」


 能見と咲希には申し訳なかったが、これが菅井のけじめだった。うつむき、彼は声を震わせていた。


「そうか。それが君たちの答えか。ならば――」


 笑みを消し、スチュアートが右腕の爪を振り上げる。その先端は、和子の喉元へと迫った。


「私たちに逆らったことを、後悔させてあげよう!」


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