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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
6.追憶のトリプルゼロ編
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079 服従か、それとも処刑か

 倉庫の床は、ところどころが赤黒く染まっていた。


 あの日以降、仲間たちがここに集ったことはない。儚く命を散らした美音のことを思うと、いたたまれない気持ちになったからだ。


 スチュアートが彼女ら二人を捕らえているのは、そんな呪われた場所だった。さるぐつわを噛ませ、手をロープで縛り、身動きが取れない状態にして床に転がしている。


「さてと。はたして、君たちのお仲間はやって来るかな」


 怪人が側に屈み込むと、和子は恐怖に目を見開いた。殺されるかもしれない、と思ったのだろう。

 冷静に考えれば、せっかく捕らえた人質をあっさり始末するはずもない。だが、精神的に追い詰められた彼女は、一切の楽観ができないようであった。



「トリプルファイブ。君の能力は確か、触れた物質を変形させるというものだったね。実を言うと、私は以前から君の力を警戒していたんだ。手駒として使うのもいいけど、ここで手放しても全然惜しくないよ」


「……んーっ、んー!」


 さるぐつわのせいで上手く喋れず、和子はもごもごと唸った。両目には、涙が溢れんばかりに溜まっている。


「どのくらいの大きさの物にまで作用できるのかは分からないが、使い方によっては、君はこの監獄の構造を変えてしまうかもしれない。防波壁や電磁バリアの分解、あるいは小型船の生成……いずれにせよ、何らかの脱出経路をつくり出される事態だけは回避したいからね」


 ボブカットの黒髪を、スチュアートはざらついた手で撫でた。指が触れるたびに、和子がびくりと身を震わせる。


 実際のところ、彼女の能力はスチュアートが恐れているほど強大ではない。銃器などの武器を作り出すのがせいぜいだ。


 けれども、被験者の力は日々成長するものだ。ましてや怪人化しないナンバーズであれば、その速度は通常より速い。万が一の場合に備え、スチュアートは和子を消すという選択肢も用意していた。



「――無駄話が過ぎるんじゃねえか? スチュアート」


 彼の隣で、もう一人の人質を踏みつけながら、アイザックがぼやく。彼は気が短く、菅井たちが来ないことに苛立っていた。


「モルモットに余計な知恵を与えたら、いつか痛い目を見るかもしれねえぞ」


「……ハハッ、馬鹿な。私たちがこんな下等生物に負けるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないさ」


 楽しそうに笑い、スチュアートは腰を上げた。獲物を弄ぶのにも飽きたようだった。


「ああ、そうかよ。勝手にしろ」


 話が通じねえな、と言いたげに、アイザックがため息を漏らす。ストレスのはけ口は、力なく横たわっている唯に向けられた。


「……ううっ」


 幾度となく背中を蹴りつけられ、彼女は声にならない悲鳴を上げていた。和子と同様、さるぐつわを噛まされていて喋ることができない。



 遠くから、徐々に足音が近づいてくる。


 彼らの気配を察知し、二体の管理者は顔を見合わせた。人質を逃がさぬよう、和子と唯のすぐ側まで近寄る。


「やっと来たか。待ちくたびれたよ」


 七人のナンバーズの姿を認め、スチュアートがにこやかに挨拶した。それから、菅井と武智へ冷ややかな視線を投げかける。


「……で、君たちの答えは決まったのかい? 私たちの元で働き続けるか、あるいは他のナンバーズどもと手を組むのか」


 和子の首元を掴み上げ、深緑の怪人は彼女をぐいと引き寄せた。鋭い爪を喉へ突きつけ、再び問う。


「ただし後者を選んだ場合、この二人は死ぬけどね」



「卑怯だぞ、スチュアート」


 奥歯を噛みしめ、菅井は怒りを隠さずに吠えた。


「人質など使わず、直接俺たちと交渉すればいいものを」


「私だって、できれば野蛮な真似はしたくなかったさ。君たちが反抗的な態度をとったようだから、仕方なくやっているだけだよ」


 すました顔で、スチュアートはぬけぬけと言い放ってみせた。アイザックも唯を無理やり立たせ、いつでも電流を流し込めるよう、近くに置いている。


 彼らの言動は、能見たちの、特に菅井と武智の神経を逆撫でするものだった。



「……何が『野蛮な真似はしたくなかった』や。美音さんを不意打ちで殺したお前にだけは、その台詞を口にする資格はないわい!」


「待て、武智」


 カッとなってナイフに手を伸ばしかけた彼を、菅井が止める。


「挑発に乗れば、向こうの思うつぼだ。それに、彼女たちにも危険が及ぶ」


「……すまん、リーダー。分かってはいても、体が勝手に動いとった」


 武智は肩をいからせ、悔しそうに引き下がった。


 そこへスチュアートが畳み掛け、答えを催促する。


「さあ、茶番は終わりだ。そろそろ決めてもらおうか。これまで通り私たちに従うか、裏切り者としてこの場で処刑されるかをね」


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