078 二度と仲間を失わないために
胸ポケットの無線が振動し、ブーンと音を立てる。
和やかな空気になりつつあった会談の場で、菅井は顔色を変えた。無線機を取り出し、急いで口元に当てる。
「はい」
『……トリプルナイン、君は今どこにいる?』
相手の声は冷ややかだった。
『まさか、この期に及んで血迷ったんじゃないだろうね? 返答次第では、君の大切な仲間が二人、この世から消え去ることになるよ』
「何だと⁉」
無線機を持つ手が、小刻みに震えた。恐ろしい想像が頭をよぎった。
同時に、何か柔らかいものを踏みつけるような音が、鼓膜を揺さぶる。それには時折、悲鳴も混じっている。
『は、離して下さい』
『何するの。やめてっ』
間違いない、聞き慣れた二人の声だ。この忌まわしい通話相手の元に、和子と唯は拉致されているのだ。
『……彼女たちの命が惜しければ、海上都市西側の倉庫に来たまえ。そう、かつて私が、君たちのリーダーを殺した場所だ』
賢明な判断をしてくれることを祈るよ、とスチュアートは楽しそうに言った。そして、一方的に通話を打ち切った。
あとに残された菅井は、生気の抜けた顔で武智を見やった。
「やられた。望月と清水が、スチュアートに捕らえられている。場所は例の倉庫だ」
「何やて」
ただならぬ事態に、武智も狼狽を隠せていない。
一方の能見たちは、なぜ二人がそんなに慌てているのか、いまひとつ分からなかった。
「その無線機は何なんだ? 今話していた相手は誰だ?」
「管理者に屈したとき、スチュアートが寄こしたものや。これを使って、奴らは俺たちに命令を出しとった」
能見の質問に、切羽詰まった調子で武智が答える。今はそれどころではない、と言いたげだった。
「けれど、分からない。スチュアートは俺たちの裏切りを見抜き、忠誠を試そうとしているかのようだった。どうして俺たちの動向が分かったんだ?」
頭を抱え、パニックに陥りかけている菅井を見て、芳賀は「かつての僕たちのようだ」と思った。板倉の遺体を回収されたときも、愛海が怪人化してすぐにオーガストが現れたときも、同様の疑問を抱いたものだ。
「君たちの拠点の近くに、監視カメラは設置されているかい?」
「……監視カメラ? いや、特に注意して見たことはなかったが」
菅井は怪訝そうな表情である。
が、無理もない。今まで彼らには、管理者に逆らおうという意志がなかった。今日ここに来たのも、「必ず和解できる」という確信があったわけではない。ゆえに、ギリギリまで反抗的な行動を(交渉に臨む以外は)起こさないつもりだった。
それに、アパートの壁と同色に塗られ、カモフラージュされたカメラ群は、意識して探さなければ見つけられないだろう。能見たちでさえ、最初の頃は気にも留めていなかったのだ。
「カメラの映像を元にして、管理者は私たちの動きを探ってるんです」
やや回りくどい聞き方をした芳賀に代わって、陽菜はてきぱきと説明した。
「この辺りのカメラは、私たちが壊したので大丈夫です。でも、菅井さんたちの住むエリアには、破壊されていないものが残っていたんじゃないですか。二人が私たちのところへ移動する様子を見て、スチュアートは心変わりを疑ったのかもしれません」
「それだ」
能見もこくりと頷いた。
「話し合いの一部始終を見られていたとは思えないけど、二人が俺たちの拠点へ向かったことくらいは、奴らにも分かったはずだ。それで先手を打ったに違いない」
「……スチュアートは、俺の返答次第では望月たちを殺すと言っていた」
いくらか落ち着きを取り戻し、菅井は静かに言った。縋るように能見たちを見回す。
「頼む。俺たちに力を貸してくれ。俺はもう二度と、仲間を失いたくないんだ」
「もちろんだよ」
二つ返事で、芳賀が首を縦に振る。菅井たちを安心させるように、穏やかな笑みを浮かべた。
「仲間を失いたくないのは、僕たちも同じだ。そしてたった今、君たち四人も仲間に加わった。一緒に戦おう」
今や、両勢力の心は一つだった。菅井と能見が、芳賀と武智が、固い握手を交わす。
人数的に一人あぶれてしまった陽菜は、何を思ったのか、能見の空いた方の手をぎゅっと握っていた。恥ずかしいからやめてほしい。菅井たちからの生温かい視線が痛い。
ともかく、そうと決まれば話は早い。
菅井によれば、彼は和子と唯をアジトに待機させており、そこをスチュアートに襲われたようだった。菅井たちに戦う意志がなく、また「彼ら二人は陽動であり、和子と唯が奇襲を仕掛けてくる」といった可能性も、これで考えなくて良くなった。したがって、能見たちも全戦力を投入できる。
能見はアパートへ駆け戻り、待たせていた荒谷と咲希を呼びに行った。和子・唯が管理者に人質に取られているというのなら、彼らの飛行能力は救出に役立ちそうだ。
かくして、戦士たちは集結した。
トリプルシックス、能見俊哉。
トリプルワン、花木陽菜。
トリプルセブン、芳賀賢司。
トリプルスリー、荒谷匠。
トリプルツー、綾辻咲希。
そしてトリプルナイン、菅井颯。
トリプルフォー、武智将次。
管理者に捕らえられている望月和子(トリプルファイブ)、清水唯(トリプルエイト)を含めれば、ナンバーズの全員が団結したことになる。
今は亡き小笠原美音(トリプルゼロ)も、きっと天国から見守ってくれているだろう。スチュアートらの支配に屈さず、戦う道を選んだ仲間たちは、彼女の誇りだ。
「……行こう、皆」
能見が号令をかけ、七人の戦士は猛然と突き進んだ。菅井と武智の案内で、指示された場所を目指してひた走る。
「これ以上、管理者の好きにはさせない。絶対に二人を助ける!」




