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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
6.追憶のトリプルゼロ編
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078 二度と仲間を失わないために

 胸ポケットの無線が振動し、ブーンと音を立てる。


 和やかな空気になりつつあった会談の場で、菅井は顔色を変えた。無線機を取り出し、急いで口元に当てる。


「はい」


『……トリプルナイン、君は今どこにいる?』


 相手の声は冷ややかだった。


『まさか、この期に及んで血迷ったんじゃないだろうね? 返答次第では、君の大切な仲間が二人、この世から消え去ることになるよ』


「何だと⁉」


 無線機を持つ手が、小刻みに震えた。恐ろしい想像が頭をよぎった。



 同時に、何か柔らかいものを踏みつけるような音が、鼓膜を揺さぶる。それには時折、悲鳴も混じっている。


『は、離して下さい』


『何するの。やめてっ』


 間違いない、聞き慣れた二人の声だ。この忌まわしい通話相手の元に、和子と唯は拉致されているのだ。


『……彼女たちの命が惜しければ、海上都市西側の倉庫に来たまえ。そう、かつて私が、君たちのリーダーを殺した場所だ』


 賢明な判断をしてくれることを祈るよ、とスチュアートは楽しそうに言った。そして、一方的に通話を打ち切った。


 あとに残された菅井は、生気の抜けた顔で武智を見やった。


「やられた。望月と清水が、スチュアートに捕らえられている。場所は例の倉庫だ」


「何やて」


 ただならぬ事態に、武智も狼狽を隠せていない。



 一方の能見たちは、なぜ二人がそんなに慌てているのか、いまひとつ分からなかった。


「その無線機は何なんだ? 今話していた相手は誰だ?」


「管理者に屈したとき、スチュアートが寄こしたものや。これを使って、奴らは俺たちに命令を出しとった」


 能見の質問に、切羽詰まった調子で武智が答える。今はそれどころではない、と言いたげだった。


「けれど、分からない。スチュアートは俺たちの裏切りを見抜き、忠誠を試そうとしているかのようだった。どうして俺たちの動向が分かったんだ?」


 頭を抱え、パニックに陥りかけている菅井を見て、芳賀は「かつての僕たちのようだ」と思った。板倉の遺体を回収されたときも、愛海が怪人化してすぐにオーガストが現れたときも、同様の疑問を抱いたものだ。


「君たちの拠点の近くに、監視カメラは設置されているかい?」


「……監視カメラ? いや、特に注意して見たことはなかったが」


 菅井は怪訝そうな表情である。


 が、無理もない。今まで彼らには、管理者に逆らおうという意志がなかった。今日ここに来たのも、「必ず和解できる」という確信があったわけではない。ゆえに、ギリギリまで反抗的な行動を(交渉に臨む以外は)起こさないつもりだった。


 それに、アパートの壁と同色に塗られ、カモフラージュされたカメラ群は、意識して探さなければ見つけられないだろう。能見たちでさえ、最初の頃は気にも留めていなかったのだ。



「カメラの映像を元にして、管理者は私たちの動きを探ってるんです」


 やや回りくどい聞き方をした芳賀に代わって、陽菜はてきぱきと説明した。


「この辺りのカメラは、私たちが壊したので大丈夫です。でも、菅井さんたちの住むエリアには、破壊されていないものが残っていたんじゃないですか。二人が私たちのところへ移動する様子を見て、スチュアートは心変わりを疑ったのかもしれません」


「それだ」


 能見もこくりと頷いた。


「話し合いの一部始終を見られていたとは思えないけど、二人が俺たちの拠点へ向かったことくらいは、奴らにも分かったはずだ。それで先手を打ったに違いない」



「……スチュアートは、俺の返答次第では望月たちを殺すと言っていた」


 いくらか落ち着きを取り戻し、菅井は静かに言った。縋るように能見たちを見回す。


「頼む。俺たちに力を貸してくれ。俺はもう二度と、仲間を失いたくないんだ」


「もちろんだよ」


 二つ返事で、芳賀が首を縦に振る。菅井たちを安心させるように、穏やかな笑みを浮かべた。


「仲間を失いたくないのは、僕たちも同じだ。そしてたった今、君たち四人も仲間に加わった。一緒に戦おう」


 今や、両勢力の心は一つだった。菅井と能見が、芳賀と武智が、固い握手を交わす。


 人数的に一人あぶれてしまった陽菜は、何を思ったのか、能見の空いた方の手をぎゅっと握っていた。恥ずかしいからやめてほしい。菅井たちからの生温かい視線が痛い。


 ともかく、そうと決まれば話は早い。


 菅井によれば、彼は和子と唯をアジトに待機させており、そこをスチュアートに襲われたようだった。菅井たちに戦う意志がなく、また「彼ら二人は陽動であり、和子と唯が奇襲を仕掛けてくる」といった可能性も、これで考えなくて良くなった。したがって、能見たちも全戦力を投入できる。


 能見はアパートへ駆け戻り、待たせていた荒谷と咲希を呼びに行った。和子・唯が管理者に人質に取られているというのなら、彼らの飛行能力は救出に役立ちそうだ。



 かくして、戦士たちは集結した。


 トリプルシックス、能見俊哉。

 トリプルワン、花木陽菜。

 トリプルセブン、芳賀賢司。


 トリプルスリー、荒谷匠。

 トリプルツー、綾辻咲希。


 そしてトリプルナイン、菅井颯。

 トリプルフォー、武智将次。


 管理者に捕らえられている望月和子(トリプルファイブ)、清水唯(トリプルエイト)を含めれば、ナンバーズの全員が団結したことになる。


 今は亡き小笠原美音(トリプルゼロ)も、きっと天国から見守ってくれているだろう。スチュアートらの支配に屈さず、戦う道を選んだ仲間たちは、彼女の誇りだ。


「……行こう、皆」


 能見が号令をかけ、七人の戦士は猛然と突き進んだ。菅井と武智の案内で、指示された場所を目指してひた走る。


「これ以上、管理者の好きにはさせない。絶対に二人を助ける!」


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