077 危険なしりとり
「リーダーたち、大丈夫かなあ」
その頃、二人は仲間たちの帰還を大人しく待っていた。
「もしも、トリプルシックスさんたちが怒って、交渉決裂してたらどうしよう。私たち、一巻の終わりかも⁉」
「……相変わらず、和子は想像力豊かだね」
窓から外を眺め、菅井たちの帰りを今か今かと待つ和子。一方の唯は、布団に寝転がってだらけていた。
和子の心配症にも慣れてきたが、だからといってイライラしなくなるわけではない。「はあ」と大きなため息をつき、唯が上体を起こす。
ちなみに、彼女たちが今いるのは、相部屋で使っているアパートの一室だ。菅井と武智が寝起きしている、そのちょうど隣の部屋である。面倒なので布団は敷きっぱなしで、いつでも好きなときに横になれた。
「リーダーたちが帰ってきたら状況報告を聞けるんだし、それまでは一喜一憂せずに待ちなよ。私たちには、私たちの役目があるんだから」
「そ、そっか。そうだよね」
唯ちゃんは偉いなあ、とか何とか、和子はもごもごと呟いた。窓から離れ、万年床に腰を下ろす。「和子がしっかりしてないだけでしょ」というツッコミは野暮だろうか。
万が一能見たちが共闘を拒み、乱闘になるケースを想定し、交渉に行くのは主戦力である二人――つまり、菅井と武智だ――に決まった。残った和子と唯は、留守番を任されている。他グループの被験者が付近まで攻め入ってきたら、撃退するのが二人の役目だ。
「でも、ずっと待つのも暇だなあ。唯ちゃん、ちょっと遊ばない?」
「もう少し真面目にやりなさいよ……」
和子は何というか、不器用な女性だ。オンとオフの切り替えが激しく、やることが両極端なのである。
「本当に手がかかる」と唯はこめかみを押さえた。
けれども、愛嬌があって憎めない。
この街に来たとき、二人は同じ部屋で目覚めた。最初の頃、和子は自分が放り込まれた環境に絶望し、泣いてばかりいた。
「どうしよう。私、生き残って上位百人に入れる自信ないよ」
そう言ってめそめそ泣き、唯の前でうつむいた。
「唯ちゃん、私のこと殺していいよ。私の分の食料があれば、唯ちゃんも長生きできると思うし。どのみち、私なんかが生き残れるわけないもん」
「……馬鹿っ。そんなこと、できるわけないでしょ」
弱気な和子を、唯は幾度となく叱り、そして励ましてきた。
「突然こんなことになって、私も正直戸惑ってる。でも、諦めたりはしない。私は何が何でも生き残って、元の暮らしに戻るつもりよ」
お互い助け合って戦う中で、菅井や武智、美音とも出会った。グループを結成し、これまで一緒に戦ってきた。
唯の能力は「仲間の力をブーストする」というもので、その性質上、自分一人では敵と上手く戦えない。最初に唯がサポートしたのは和子だ。のちに武智の攻撃力をアップさせたり、菅井の停止能力の持続時間を伸ばしたりしたこともあったが、一番長い間タッグを組んできたのは、やはり和子だった。
何だかんだで二人は仲が良く、強い絆で結ばれている。
「何して遊ぼうかな。あっ、そうだ、しりとり! しりとりやろう」
「まあ、別にいいけど」
娯楽の類が一切存在しないこの街では、きわめて原始的な遊びに終始することになる。しりとりなんて小学生のするものだ、と唯は思っているが、他にすることもないので渋々了承した。
「じゃあ、最初は『り』からだね。リップグロス!」
「スイカ」
「かまきり」
「また『り』かあ」
そんなに悩むような局面でもなさそうなのに、和子はうーむと考え込んだ。
「えーと、りす!」
(何で、『りす』を思いつくのに十秒近くかかるわけ……?)
しかも、ドヤ顔で言うのだから面白くて困る。こっちは笑いをこらえるのに必死だ。
本当にマイペースで、つかみどころのない人だ。長い付き合いだが、唯はしみじみとそう思った。
「『す』か」
少し考えてから、唯が口を開く。
「スチュ……」
本当は、「スチュワーデス」と続けるつもりだった。が、異様な気配を察して台詞を中断する。
ぎいっ、と音がして、部屋の玄関ドアが開かれた。
奇妙なことに、扉がいっぱいに開かれてもなお、訪問者の姿は見えない。何もない空間があるだけだ。誰の声も聞こえない。
みしみし、と何かが床を踏みしめる音が響く。得体の知れないものが迫りつつあるのを感じ、唯と和子は青ざめた。
普通なら、幽霊や怪奇現象の類だとして笑い飛ばせるかもしれない。しかし、この街の住人は皆、普通ではないのだ。全員が何らかの力を持ち、通常ではありえない事象を引き起こせる。何者かが部屋に侵入してきた可能性は、かなり高かった。
この一帯はグループの他メンバーに監視させているが、姿を消せる相手までは索敵できなかったのだろうか。
「わ、わあああっ」
パニックに陥った和子が、我を忘れて玄関へと駆け出そうとする。だが、姿の見えない侵入者はそれを阻んだ。彼女の首を腕一本で掴み、凄まじい力で締め上げる。
「……和子⁉ 和子っ!」
目に目えない何かが、親友の首を掴み、その体を宙に持ち上げている。和子を助けるべく、唯は勇敢にも立ち向かった。懐に隠していたナイフを抜き放ち、不可視の敵へ斬りかかろうとする。
彼女が斬りつけるよりも、相手の動きの方が早かった。和子から手を離し、怪人はすぐさま、唯の腹部へ強烈なパンチを叩き込んだのだ。
「かはっ」
胃の中身が全部こみ上げそうになるくらい、内蔵が強く揺さぶられる。あまりの衝撃に、唯は力なく倒れてしまった。
どう考えても人間業ではない。筋力が、人間のそれをはるかに上回っている。
窒息する寸前まで首を絞められていた和子と、腹を強く殴られ、戦闘不能に陥った唯。激しく咳き込み、悶えているターゲットを前にして、怪人は不敵に笑った。
「手荒な真似をしてすまないね。……何、すぐに殺したりはしないさ。君たちはただ、私についてくればいい」
意識が朦朧としかけた唯の視界に、おぼろげにではあるが敵の姿が映った。怪人は光学迷彩を解き、正体を現したのだ。
図らずもしりとりのラストを飾ったのは、管理者の名「スチュアート」だった。
ぐったりした彼女たちの体を抱え上げ、彼は部屋を出て行った。




