076 彼女は彼らを許せるのか
さて、ともかく芳賀のターンは終了した。
笑みを消し、困ったような表情で、陽菜が菅井たち二人を見る。
(……陽菜さん、あいつらとの共闘を認めるかな?)
自分たち三人の中で、一番難色を示しそうなのが彼女である。そのことを、能見は密かに懸念していた。
罪を償うために戦い続ける、との言葉を信じ、能見は菅井たちを一応受け入れることにした。芳賀も概ね賛成のようだ。グループを率いるリーダーとして、彼は個人的な感情よりも、全体の利益を優先して考えているのかもしれない。
愛海を失ったことは辛いが、いつまでもそれにこだわり、共闘を拒めば管理者には勝てない。憎しみを乗り越えて手を取り合い、スチュアートら管理者を打倒してこそ、愛海の無念も晴らせるというものだろう。
だが、陽菜はどうか。彼女はおそらく、愛海と最も親しかった者の一人だ。二人とも天然っぽいところがあって、波長が合っていた。愛海を看病しに行き、二人して楽しそうに笑い合っていたときのことを、能見は昨日のことのように思い出せた。
陽菜にとって愛海は、この街に来て初めてできた、同性の友達だったかもしれない。もちろん、能見とも一緒に暮らしてきたし、咲希という仲間もいるが、愛海ほど近い距離で、気兼ねなく付き合えた友人はなかなかいなかったのではないか。
オーガストから愛海が怪人化した理由を聞かされたとき、陽菜は泣きじゃくってしまうほどだった。そんな彼女が、本当に菅井たちを受け入れることができるのか。
膝を突いたままの両名も、ばつが悪そうな顔で陽菜を見ている。
「そうだよな。無理だよな、やっぱり」
彼女が何も言わないのにしびれを切らし、菅井は立ち上がった。諦観を滲ませ、首を振る。
「お前らからすれば、俺たちを許せないのも当然だ。ましてや、手を組むなんてもってのほかだよな」
「ちょ、ちょっと待てや、リーダー。せっかく希望が見えてきたんやで? もう少し粘って、きちんと話した方がええと思うけどなあ」
武智は慌てて引き止めようとしたが、菅井は聞く耳を持たない。陽菜から同意を得ることを諦め、早々に引き上げようとした。
「邪魔して悪かった。お前たちと協力できないのは残念だが、管理者を倒したい気持ちは俺たちも同じだ。俺たちなりのやり方で、必ず奴らを駆逐してみせる」
「……いやいや、リーダー、それは本末転倒やろ。俺らだけじゃ勝てんから、力を借りに来たんと違うか?」
腰を上げた武智は、強い力で菅井の手を掴んだ。行かせない、という意志の表れだった。
「そんなの、やってみないと分からないだろ」
ショートコントめいた言い争いが始まろうとした、そのときである。
「――待って下さい。まだ話は終わってません」
凛とした声で、陽菜が二人を呼び止めたのだった。
「一つ、聞きたいことがあります」
まるで尋問を受けているような気分だった。喉元に刃を突きつけられているような緊張感が、場を満たす。
「今度は何だ?」
武智の手を振り払い、静かに聞き返す菅井。彼の目を見つめ、陽菜は真剣な表情で続けた。
「あのとき、私を殺さなかったのはどうしてですか」
「それは……」
すぐには答えられず、菅井が口ごもる。
「あのとき」とは、彼らが愛海を捕獲しようとしたときのことだ。彼女を守るべく奮闘した陽菜、能見を、四人は総がかりで襲った。
最初こそ、陽菜は和子・唯ペア相手に優勢だった。だが、菅井の停止能力によって動きを封じられ、なすすべもなく攻撃を受けた。
その気になれば、菅井は難なく陽菜を射殺できたはずだ。しかし、なぜかそうせず、眉間ではなく肩を撃つのみにとどめた。
「あなたの中には、まだ迷いがあった。だから、管理者から命令を受けてはいても、人を殺すことをためらった。違いますか」
「……ああ、そうだな」
菅井が苦笑する。
「生き延びるために奴らに従うことを決めても、俺たちは完全には変われなかった。たぶん、殺し合いを好まなかった美音さんに影響されたんだろう」
「だったら私、もう一度だけ信じてみます。あなたのことも、あなたの仲間のことも」
彼につられたわけではないが、陽菜も微かに笑った。
「菅井さんたちは、心の底に優しさを隠していると思います。私は、その優しさを信じてみたいんです」
「……じゃあ」
驚いた様子で、芳賀が目を見開く。
「はい」
穏やかな笑顔を浮かべて、陽菜もそれに応える。辛いことも、悲しいこともすべて受け止めた上で、彼女は前に進むと決めたのだった。
「一緒に戦いましょう。これから、よろしくお願いします」
「……決まりだね」
軽く咳払いをしてから、芳賀は皆に笑いかけた。
「これで同盟成立だ」
長かった両勢力の対立や因縁は、これで一旦断ち切られた。
人々を殺し合わせ、怪人へと変化させ、数え切れないほどの悲劇を生みだしてきた管理者。林愛海も、小笠原美音も、彼らの思惑によって命を散らした。
管理者を倒すという悲願のため、戦士たちは手を取り合う。
今こそ、反撃ののろしを上げるときだった。




