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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
6.追憶のトリプルゼロ編
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076 彼女は彼らを許せるのか

 さて、ともかく芳賀のターンは終了した。


 笑みを消し、困ったような表情で、陽菜が菅井たち二人を見る。


(……陽菜さん、あいつらとの共闘を認めるかな?)


 自分たち三人の中で、一番難色を示しそうなのが彼女である。そのことを、能見は密かに懸念していた。


 罪を償うために戦い続ける、との言葉を信じ、能見は菅井たちを一応受け入れることにした。芳賀も概ね賛成のようだ。グループを率いるリーダーとして、彼は個人的な感情よりも、全体の利益を優先して考えているのかもしれない。


 愛海を失ったことは辛いが、いつまでもそれにこだわり、共闘を拒めば管理者には勝てない。憎しみを乗り越えて手を取り合い、スチュアートら管理者を打倒してこそ、愛海の無念も晴らせるというものだろう。



 だが、陽菜はどうか。彼女はおそらく、愛海と最も親しかった者の一人だ。二人とも天然っぽいところがあって、波長が合っていた。愛海を看病しに行き、二人して楽しそうに笑い合っていたときのことを、能見は昨日のことのように思い出せた。


 陽菜にとって愛海は、この街に来て初めてできた、同性の友達だったかもしれない。もちろん、能見とも一緒に暮らしてきたし、咲希という仲間もいるが、愛海ほど近い距離で、気兼ねなく付き合えた友人はなかなかいなかったのではないか。


 オーガストから愛海が怪人化した理由を聞かされたとき、陽菜は泣きじゃくってしまうほどだった。そんな彼女が、本当に菅井たちを受け入れることができるのか。


 膝を突いたままの両名も、ばつが悪そうな顔で陽菜を見ている。



「そうだよな。無理だよな、やっぱり」


 彼女が何も言わないのにしびれを切らし、菅井は立ち上がった。諦観を滲ませ、首を振る。


「お前らからすれば、俺たちを許せないのも当然だ。ましてや、手を組むなんてもってのほかだよな」


「ちょ、ちょっと待てや、リーダー。せっかく希望が見えてきたんやで? もう少し粘って、きちんと話した方がええと思うけどなあ」


 武智は慌てて引き止めようとしたが、菅井は聞く耳を持たない。陽菜から同意を得ることを諦め、早々に引き上げようとした。


「邪魔して悪かった。お前たちと協力できないのは残念だが、管理者を倒したい気持ちは俺たちも同じだ。俺たちなりのやり方で、必ず奴らを駆逐してみせる」


「……いやいや、リーダー、それは本末転倒やろ。俺らだけじゃ勝てんから、力を借りに来たんと違うか?」


 腰を上げた武智は、強い力で菅井の手を掴んだ。行かせない、という意志の表れだった。


「そんなの、やってみないと分からないだろ」


 ショートコントめいた言い争いが始まろうとした、そのときである。


「――待って下さい。まだ話は終わってません」


 凛とした声で、陽菜が二人を呼び止めたのだった。



「一つ、聞きたいことがあります」


 まるで尋問を受けているような気分だった。喉元に刃を突きつけられているような緊張感が、場を満たす。


「今度は何だ?」


 武智の手を振り払い、静かに聞き返す菅井。彼の目を見つめ、陽菜は真剣な表情で続けた。


「あのとき、私を殺さなかったのはどうしてですか」


「それは……」


 すぐには答えられず、菅井が口ごもる。


 「あのとき」とは、彼らが愛海を捕獲しようとしたときのことだ。彼女を守るべく奮闘した陽菜、能見を、四人は総がかりで襲った。


 最初こそ、陽菜は和子・唯ペア相手に優勢だった。だが、菅井の停止能力によって動きを封じられ、なすすべもなく攻撃を受けた。


 その気になれば、菅井は難なく陽菜を射殺できたはずだ。しかし、なぜかそうせず、眉間ではなく肩を撃つのみにとどめた。



「あなたの中には、まだ迷いがあった。だから、管理者から命令を受けてはいても、人を殺すことをためらった。違いますか」


「……ああ、そうだな」


 菅井が苦笑する。


「生き延びるために奴らに従うことを決めても、俺たちは完全には変われなかった。たぶん、殺し合いを好まなかった美音さんに影響されたんだろう」


「だったら私、もう一度だけ信じてみます。あなたのことも、あなたの仲間のことも」


 彼につられたわけではないが、陽菜も微かに笑った。


「菅井さんたちは、心の底に優しさを隠していると思います。私は、その優しさを信じてみたいんです」


「……じゃあ」


 驚いた様子で、芳賀が目を見開く。


「はい」


 穏やかな笑顔を浮かべて、陽菜もそれに応える。辛いことも、悲しいこともすべて受け止めた上で、彼女は前に進むと決めたのだった。


「一緒に戦いましょう。これから、よろしくお願いします」



「……決まりだね」


 軽く咳払いをしてから、芳賀は皆に笑いかけた。


「これで同盟成立だ」


 長かった両勢力の対立や因縁は、これで一旦断ち切られた。


 人々を殺し合わせ、怪人へと変化させ、数え切れないほどの悲劇を生みだしてきた管理者。林愛海も、小笠原美音も、彼らの思惑によって命を散らした。


 管理者を倒すという悲願のため、戦士たちは手を取り合う。


 今こそ、反撃ののろしを上げるときだった。


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