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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
6.追憶のトリプルゼロ編
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075 贖罪とダブルパンチ

 話し終えてしばらくは、菅井は俯いていた。


「……そうか。お前たちもお前たちで、大変だったんだな」


 トリプルゼロ、小笠原美音を失った悲しみは、相当なものだろう。刹那、能見は目を閉じ、彼女の冥福を祈った。


 それから、菅井と武智の二人を交互に見た。


「事情は分かった。手を組んでもいいが、一つだけ条件がある」


「何だ?」


 恐る恐る顔を上げた菅井を、能見は正面から見返した。彼は今、いつになく険しい目をしていた。


「愛海さんを手にかけたことを、ちゃんと謝ってくれ。大切な人を失う苦しみや悲しみは、お前たちだって分かっているはずだ」



「仲間が怪人に変わって、それでも必死に助けようとして。だけど目の前で命を奪われたら、どれほど辛いか分かるだろう」


「……すまない。本当にすまなかった」


 ううっ、と嗚咽を漏らし、菅井は再び土下座した。彼の涙に嘘偽りはなかった。


 美音がスチュアートに倒されたときも、きっと彼は同じくらい辛かったはずだ。敬慕するリーダーを惨殺され、気が狂うほど泣き叫んだはずだ。


「管理者から、この街の被験者はいずれ怪人に変わる、と聞かされていた。俺たちは奴らに言われるがまま、我が身可愛さにサンプルを回収し続けてきた。俺は大馬鹿者だ」


「お前らにとって大切な人だとは、本当に知らなかったんや。すまん。この通りや」


 現リーダーだけでなく、武智ももう一度頭を下げる。両名とも、心の底から反省していた。



「分かったよ」


 やや間があって、能見が小さく息を吐き出した。その声に、武智がぱっと顔を上げる。彼の表情には、喜びよりも当惑の色が強かった。


「許してくれるんか?」


「別に許したわけじゃない」


 何度謝られたって、愛海は生き返らない。冷たくなった彼女の体は、今も管理者の元に保存されている。


 もしかしたら、いつか管理者の体組成を明らかにし、愛海を元の姿に戻せたかもしれないのに。あるいは彼女の体を調べ、管理者の正体を突き止められていたかもしれないのに。そうした希望は全て、失われたままだ。


 能見が投げかける眼差しは、厳しかった。


「……けど、お前たちが自分のしたことを悔いて、罪滅ぼしのために戦うというのなら、それに反対する理由はない」



「もちろんだ。一生かけて償うことを誓おう」


「俺も誓うで。全力でお前らをサポートして、管理者を倒す」


 片膝を立て、二人は真剣な表情で言った。それを見て、能見が僅かに目を細める。


 芳賀と陽菜の方へ振り向き、彼は肩をすくめた。


「俺からはもう、彼らに対して言うことはない。一緒に戦うことにも、特に異論はない。そっちはどうだ?」


「じゃあ、僕からも一ついいかな」


 ひょいと手を挙げ、芳賀が質問した。


「君たちが今日、このタイミングで接触してきたのはなぜだい? 和解を持ちかけるのなら、できればもう少し早くにしてほしかったんだけどね」



 そのせいで大事な部下を一人失った、というニュアンスを言外に滲ませている。少々意地の悪い言い方だったが、武智は臆せずに答えた。


「きっかけは、お前らがオーガストを倒したところを見たことや」


 当時の興奮がよみがえったのか、彼の口調は熱を帯びていた。


「美音さんが殺されたとき、俺はあいつに歯が立たんかった。管理者に勝つなんて、できるわけないと諦めとった。……でも、お前らはあのオーガストを追い詰めた。もしかすると、皆で団結すれば奴らに勝てるんと違うかって、初めて希望が見えた気がしたんや」


「なるほど。まあ、筋は通ってるね」


 ふむふむ、と芳賀が頷く。しかし、台詞とは裏腹に、彼はなぜか納得がいかないという顔をしていた。


「……いや、ちょっと待てよ? 君と僕が初めて戦ったとき、僕はオーガストを相手に善戦していたはずだ」


「ああ、そういえばそうやな」


 途端に、武智の喋り方が適当になる。頭を掻きながら記憶を辿る姿には、緊張感がなかった。


「あのときだって、僕たちは管理者相手に一歩も引いていなかったはずだ。こう言っては何だけど、君は人を見る目がないんじゃないかい?」



「何や、それは。失礼な奴やな」

 芳賀に傷を負わせておいて「失礼」も何もない、と能見は思ったが、武智はご立腹の様子だ。この男は、オブラートに包んで言えば直情型、ストレートに言えば単細胞なのだろう。


「確かに、お前はオーガストと戦っても、大してダメージを受けてなかったかもしれん。それは認めるわ。せやけど、その後俺と戦ったら、あっさりやられてもうたやん」


「うっ」


 痛いところを突かれて、芳賀は反論できなかった。


「ええか? 俺はオーガストに勝てんかった。お前はまあまあ持ちこたえた。で、俺はお前に勝った。……って考えたら、お前の実力は微妙なんかなあって。少なくとも、あのときはそう判断さしてもろた」


 一つ一つ言い聞かせるように説明されて、芳賀の顔が引きつっていく。彼の受けた精神的ダメージは計り知れない。



「な、何を言うんだ。被験者が使う力には、相性というものがあるってことを知らないのかい? 僕の回避能力は目に見える攻撃しかかわせないから、君とやり合うのには向いてなくてだね」


「……あー、もう。芳賀くん、そのくらいにして」


 と、そこで陽菜が口を挟んだ。ややご機嫌斜めな彼女は、トリプルセブンを脇へ押しやり、「次の質問は私からです!」と言わんばかりである。


「待ってくれ、陽菜さん。僕にはまだ、彼に言いたいことが……」


「いい加減にしろよ、芳賀」


「私、言い訳する人は好きじゃないです!」


 なおも芳賀は粘ろうとしたが、呆れ顔の能見、ニコニコ笑顔で辛辣なコメントをする陽菜からのダブルパンチを喰らい、見事に沈黙した。



 トリプルセブンの回避能力は強力だ。能見自身、かつて彼と拳を交え、その恐ろしさを身をもって知っている。けれども、芳賀の語る武勇伝を、能見も陽菜も直接見ていなかった。


 彼がオーガストを食い止めていた頃、二人は怪人化した愛海を連れて逃げようとしていた。そこへ菅井たち四人が現れ、交戦になった次第である。


 ゆえに、芳賀から「オーガストとは互角以上に戦えた」と聞かされても、「本当か?」「ちょっと話を盛ってないか?」と疑う余地があったのだ。


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