表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
6.追憶のトリプルゼロ編
86/216

074 血塗られた決意

 オーガストが、武智を組み伏せる。


 アイザックが菅井の肩を撃ち抜き、その背を踏みつける。


 ケリーが和子へかぎ爪を突きつけ、同時に残りの被験者たちをも牽制する。


「……よし、そこまでだ」


 戦闘終了だ、と言わんばかりに、スチュアートが腰を上げた。彼にとって、小笠原美音の遺体はもう用済みだった。データを採取した後の、しかもナンバーズの肉体など無価値である。


 怯えきった被験者を見回し、深緑の怪人は笑みのようなものを浮かべた。


「さて、抵抗しても無駄だということは理解できたかな? 私としては、取り引きの話に移りたいところなんだけれどね」



「どういうつもりだ。俺たちを殺さないのか」


 アイザックに押さえつけられたまま、菅井が顔だけを上げて問うた。その目には屈辱の色がありありと映っていた。


「確かに私は、君たちを排除したいと思っている。……が、それはほんの数名、ゾロ目の番号を持つ者たちだけだ。サンプルに覚醒する余地のある、他のモルモットについては殺すつもりはない」


 怪人が目を細める。


 スチュアートが何を言わんとしているのか、完全に理解するのは菅井たちには困難だった。ただ一つ分かったのは、三桁全てに同じナンバーを持つ被験者を、彼らが狙っているということのみ。そしておそらく、美音は「000」の数字が刻まれていたために始末されたのだ。


「どうだい。私たちに協力する気はないかな?」


 きわめて温和な調子で、スチュアートは提案した。



「お前ら、冗談も大概にせえよ」


 武智はうつ伏せに組み伏せられていたが、どうにか首を横に向けて叫ぶ。


「美音さんを殺した奴らに、何で俺たちが従わなきゃいかんのや。お前らの手先になるくらいなら、俺は死んだほうがましや」


「話は最後まで聞け、と学校で教わらなかったのかい?」


 深緑の怪人が首を振った。


「私たちは、たった四人でこの街全体を管理している。最初はそれでも何とかやっていたんだが、最近になって少々トラブルが生じてね。人手が足りなくなってきたんだ」


 彼の言う「トラブル」とは、主にナンバーズが獲得した薬剤耐性のことだった。もう一つの懸念は、間もなく現れるであろう「サンプル」の回収が追いつかなくなる可能性だった。


「君たちには、他のナンバーズの排除と、覚醒したサンプルの回収を頼みたい」


「……もし断ったら、どうするんや」


「今、私の同胞が捕らえている四名。少なくとも、君らの命は保証できなくなるね」


 つまり、菅井、武智、和子、唯の四人である。


「協力してくれるのなら、それなりの見返りをあげよう。いずれ全てのナンバーズは処分する予定だけど、君たちの順番を一番最後にしてあげたり、とかね」


 にやりと笑い、スチュアートは四人の顔を順に見やった。



『もしも私に万が一のことがあったら、そのときは菅井くんに後をお願いしたいの』


 最初は、「誰がこんな奴らに」と思っていた。


 美音を殺した怪人たちを許せなかった。何が何でも倒す、と心に誓った。


 けれども、徐々にその決心は揺らいでいった。


 美音から最期に託された想いを、無駄にするようなことがあっていいのか。自分たち四人が、ややもすれば他のメンバーまでもがみすみす殺される事態を、今は亡きリーダーは本当に望んでいるのだろうか。


 スチュアートら管理者に勝てないのは、自明であった。必死に攻撃を仕掛けても、彼らにはまるで通用しなかった。管理者に刃向かうのは、命を無意味に捨てるのと同義だった。


 迷いに迷った末、菅井は腹をくくった。


(俺は今や、このチームの新リーダーだ。……美音さんは、俺に後のことを託してくれたんだ。あの人の期待を裏切ることはできない)


 どんなかたちでもいい。仲間たちを失わず、チームを存続できるのなら、それでいい。


 藁にも縋るような思いで、彼は悲壮な決意を固めた。



「人殺しをやれって言うんか。俺は嫌や。お前らの命令には、従いたくない」


 断固として認めず、武智は首を縦に振らなかった。


「殺したいんなら、はよ殺せ。短くてしょうもない人生やったけど、天国で美音さんに会えるんなら本望やさかい」


「……待て、武智」


 低い声で、菅井がそれを遮る。


「彼らに従おう。俺たちが生き延びて、今のままグループを存続させるにはそれしかない」


「な、何を言うんや、お前」


 武智は目を剥き、なおも菅井へ文句をつけようとした。が、鋭い眼光に気圧され、黙り込む。


「――新リーダーである、俺からの命令だ。管理者に従え」


 和子と唯も、半ば圧倒されながら彼の決定を受け入れた。


 かくして菅井たちは、血塗られた道を歩むことを覚悟したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ