074 血塗られた決意
オーガストが、武智を組み伏せる。
アイザックが菅井の肩を撃ち抜き、その背を踏みつける。
ケリーが和子へかぎ爪を突きつけ、同時に残りの被験者たちをも牽制する。
「……よし、そこまでだ」
戦闘終了だ、と言わんばかりに、スチュアートが腰を上げた。彼にとって、小笠原美音の遺体はもう用済みだった。データを採取した後の、しかもナンバーズの肉体など無価値である。
怯えきった被験者を見回し、深緑の怪人は笑みのようなものを浮かべた。
「さて、抵抗しても無駄だということは理解できたかな? 私としては、取り引きの話に移りたいところなんだけれどね」
「どういうつもりだ。俺たちを殺さないのか」
アイザックに押さえつけられたまま、菅井が顔だけを上げて問うた。その目には屈辱の色がありありと映っていた。
「確かに私は、君たちを排除したいと思っている。……が、それはほんの数名、ゾロ目の番号を持つ者たちだけだ。サンプルに覚醒する余地のある、他のモルモットについては殺すつもりはない」
怪人が目を細める。
スチュアートが何を言わんとしているのか、完全に理解するのは菅井たちには困難だった。ただ一つ分かったのは、三桁全てに同じナンバーを持つ被験者を、彼らが狙っているということのみ。そしておそらく、美音は「000」の数字が刻まれていたために始末されたのだ。
「どうだい。私たちに協力する気はないかな?」
きわめて温和な調子で、スチュアートは提案した。
「お前ら、冗談も大概にせえよ」
武智はうつ伏せに組み伏せられていたが、どうにか首を横に向けて叫ぶ。
「美音さんを殺した奴らに、何で俺たちが従わなきゃいかんのや。お前らの手先になるくらいなら、俺は死んだほうがましや」
「話は最後まで聞け、と学校で教わらなかったのかい?」
深緑の怪人が首を振った。
「私たちは、たった四人でこの街全体を管理している。最初はそれでも何とかやっていたんだが、最近になって少々トラブルが生じてね。人手が足りなくなってきたんだ」
彼の言う「トラブル」とは、主にナンバーズが獲得した薬剤耐性のことだった。もう一つの懸念は、間もなく現れるであろう「サンプル」の回収が追いつかなくなる可能性だった。
「君たちには、他のナンバーズの排除と、覚醒したサンプルの回収を頼みたい」
「……もし断ったら、どうするんや」
「今、私の同胞が捕らえている四名。少なくとも、君らの命は保証できなくなるね」
つまり、菅井、武智、和子、唯の四人である。
「協力してくれるのなら、それなりの見返りをあげよう。いずれ全てのナンバーズは処分する予定だけど、君たちの順番を一番最後にしてあげたり、とかね」
にやりと笑い、スチュアートは四人の顔を順に見やった。
『もしも私に万が一のことがあったら、そのときは菅井くんに後をお願いしたいの』
最初は、「誰がこんな奴らに」と思っていた。
美音を殺した怪人たちを許せなかった。何が何でも倒す、と心に誓った。
けれども、徐々にその決心は揺らいでいった。
美音から最期に託された想いを、無駄にするようなことがあっていいのか。自分たち四人が、ややもすれば他のメンバーまでもがみすみす殺される事態を、今は亡きリーダーは本当に望んでいるのだろうか。
スチュアートら管理者に勝てないのは、自明であった。必死に攻撃を仕掛けても、彼らにはまるで通用しなかった。管理者に刃向かうのは、命を無意味に捨てるのと同義だった。
迷いに迷った末、菅井は腹をくくった。
(俺は今や、このチームの新リーダーだ。……美音さんは、俺に後のことを託してくれたんだ。あの人の期待を裏切ることはできない)
どんなかたちでもいい。仲間たちを失わず、チームを存続できるのなら、それでいい。
藁にも縋るような思いで、彼は悲壮な決意を固めた。
「人殺しをやれって言うんか。俺は嫌や。お前らの命令には、従いたくない」
断固として認めず、武智は首を縦に振らなかった。
「殺したいんなら、はよ殺せ。短くてしょうもない人生やったけど、天国で美音さんに会えるんなら本望やさかい」
「……待て、武智」
低い声で、菅井がそれを遮る。
「彼らに従おう。俺たちが生き延びて、今のままグループを存続させるにはそれしかない」
「な、何を言うんや、お前」
武智は目を剥き、なおも菅井へ文句をつけようとした。が、鋭い眼光に気圧され、黙り込む。
「――新リーダーである、俺からの命令だ。管理者に従え」
和子と唯も、半ば圧倒されながら彼の決定を受け入れた。
かくして菅井たちは、血塗られた道を歩むことを覚悟したのだった。




