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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
6.追憶のトリプルゼロ編
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071 非情な一撃、スチュアート

 カントリー・ロード

 明日は いつもの僕さ

 帰りたい 帰れない

 さよなら 

 カントリー・ロード



 やがて、歌は終わった。ダンスのステップも止まり、繋いだ男女の手がためらいがちに離される。


 この曲の日本語版の歌詞は、故郷を離れ、一人で生きていこうとする人物を歌っているように思える。彼(あるいは彼女)は、何か夢や目標があり、それを追いかけるためには故郷へ帰ることはできない。最終的に、歌はそのように締めくくられている。


 菅井たちは彼とは違う。共に戦う仲間がいるし、「帰ることもできるが、事情があって帰らないと決めた」わけではない。自分たちは海上都市へ閉じ込められ、物理的に移動すること自体が不可能なのだ。


 この果てなき戦いが終われば、はるか遠い故郷へ帰ることができるのだろうか。



 楽しい時間はあっという間だった。もの思いに耽りかけた菅井へ、再び壇上に立った美音の声が届く。


「皆、私のわがままに付き合ってくれてありがとう。楽しかった?」


「楽しかったという言葉では、もはや表現しきれん。この感情は、そう……『尊い』。そう、尊いんや!」


 右隣で奇声を発しているのは、もちろん武智だ。身内のことながら恥ずかしくなって、菅井はこめかみを押さえた。彼の挙動にもドン引きしていない美音は、大人の対応をしているとつくづく思う。


「武智、限界オタクみたいになってるし。キモっ」


「尊い。美音さん、尊いです……」


 顔をしかめ、容赦なく陰口を叩く唯。彼女の横で、和子は真反対の意見を口にしていた。というか、完全に武智と同類になりつつある。


 「皆と一緒に踊る」という形式ではあるものの、トリプルゼロ――美音のやったことはアイドル活動と似ている。ただでさえ周囲を惹きつけてやまない魅力に、歌とダンスでさらに磨きがかかったようだった。



「そっかー、皆楽しんでくれたんだね。良かったあ」


 ぱあっと顔を輝かせ、美音はもう一度右手を上げた。


「もうちょっと勢力を広げて、新しい仲間が増えたら、またダンスやろうね! 私、今度は別の曲も考えておくから」


 美しい音、と書いて美音。


 名前の通り、彼女は心の底から音楽を愛し、その力を信じていた。綺麗なメロディーで仲間たちを勇気づける姿は、敬慕の対象となるに十分すぎるほどだった。



「それじゃ、今日はこれで解散……」


 気をつけて帰ってね、と言おうとしたが、唇が動かない。驚愕に目を見開き、美音は全身をぷるぷると痙攣させた。


 菅井たちには最初、何が起こったのか分からなかった。リーダーの胸に風穴が開いたように見えるのは、きっと目の錯覚に違いないと思った。


 胸部にぽっかりと大きな穴が開き、オフショルダーのニットもその部分が破れている。


 そこに穿たれた虚無から、やがてじわじわと血が溢れ出した。段ボール箱を、床を赤く染めていく鮮血を見て、ようやく同胞たちは事態の異常さに気づいたようだった。


「リ、リーダー⁉」


「何がどうなってる⁉」


 口々に叫び、わけも分からぬまま美音へ駆け寄ろうとする。しかし、彼女の胸から何かが突き出ているのを見ると、「ひいっ」と悲鳴を上げて後ずさった。


 人の腕のような形をしたものが、美音の胸部をずぶりと貫いている。それは元々無色透明だったのだが、血に濡れたことで輪郭を露わにしていた。



「――おやおや。血がついてしまっては、光学迷彩の意味がないな」


 面白がるように笑い、その何かが姿を現す。


 胸、腹、両手首と両足首、二の腕と大腿部。各部に金属バンドで固定された、逆正三角形の小型武装デバイス。赤いランプを灯していたそれが、明かりを消す。


 鋭い爪をそなえた腕が、ゆっくりと引き抜かれる。崩れ落ちた美音を見下ろし、深緑の怪人は微笑んだ。


「しかし、トリプルゼロといえども、不意を突けばこんなにあっけなく殺せるとはね。やはり人間というのは、弱くて脆い種族だよ」


 即死だった。


 心臓ごと胸部を突き破る、無慈悲な一撃。今の攻撃で、小笠原美音は痛みを感じる間もなく絶命していた。


 血だまりの中に倒れ、白いニットが真っ赤に染まる。彼女の目は大きく見開かれたまま、永遠に閉じられることのないようだった。



 三葉虫を思わせる、横にラインが入った頑丈な皮膚。人ならざる異形の存在を前に、菅井たちはたじろいでいた。


「な、何者や、お前は」


 仲間たちを差し置いて、前へ出たのは武智である。敬愛するリーダーを、正体不明の怪人に目の前で殺され、黙っていられるはずがなかった。彼は息を荒げ、目を血走らせている。


「どうして……どうして、美音さんを殺したんや。答えんかいっ」


ナイフの切っ先を向けられても、深緑の怪人に動じた様子はない。


「私の名はスチュアート。この街を管理している者だ」


 彼はただ、悠然と問いに答えていく。


「残酷なショーを見せてしまって、君たちには悪かったと思っているよ。けど、私たちにも都合というものがあるんだ」


作中で引用した楽曲:「カントリーロード」本名陽子 1995年、初版リリース。

アメリカの歌手ジョン・デンバーが1971年に発表した「Take Me Home, Country Roads」(邦題:故郷へかえりたい)を日本語に訳してカバーしたもの。

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