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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
6.追憶のトリプルゼロ編
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069 リーダーでアイドルで女神

「皆、今日は集まってくれてありがとう~」


 空の段ボール箱を重ねた上に立ち、美音は皆を見回した。にっこり微笑んで、無邪気に手を振る。


 細いフレームの眼鏡。艶のある長い黒髪。カットオフショルダーの白のニットが、女性らしい体のラインを強調する。


 美音は菅井たちよりも一、二歳上の、おっとりしたお姉さんという感じである。そんな彼女が自然現象を司る強大な力を秘めているという事実は、どこか現実離れした印象を与える。



 彼女が仲間たちを集めているのは、倉庫の中だ。板倉と愛海がゼリーを貪り食った、例の倉庫が街の東側にあるように、西にも同様の施設がある。


 ただし、芳賀たちのように食料の保管場所として使うことはなく、リーダーの美音はもっぱら集会所として利用していた。倉庫の中はほとんど空で、ゆえに二十名ほどが入っても窮屈な感じはしない。


 集まったメンバーの中に、菅井らも含まれているのは言うまでもない。


「リーダー、話というのは一体?」


「菅井くん、よくぞ聞いてくれました!」


 手を挙げて質問した菅井を、美音がびしりと指差す。可愛らしくウインクし、おどけた調子で彼女は言った。


「今日はね、皆に感謝の気持ちを伝えたかったの」


 すっと手を下ろし、照れたように笑う。


「……皆、今まで私についてきてくれてありがとう。これからもよろしくね」



「もちろんです、リーダー!」


「一生ついていきます!」


 同胞たちは――とりわけ、一部の男性陣は――目をハートにし、「うおおおっ」と熱狂的な歓声を上げた。容姿端麗な彼女を慕う者は多い。娯楽の類が存在しないこの街では、「美音さんを支えるのが俺の生きがいです」と豪語する男もいるほどだった。


「いやー、ええなあ、美音さん。今日も可愛いわあ」


 そして例に漏れず、武智もデレデレしていた。


「……お前、この前は『高校時代の彼女のことが忘れられん』とかぼやいてなかったか? 乗り換えるのが早すぎるぞ」


 彼の隣で、菅井は半ば呆れている。温度差を気にせず、武智は力説した。


「いや、俺も色々考えたんやけどな。いつまでも大阪に残してきた女のこと考えとったら、上京した意味ないやんと思って。やっぱり、関西の女は気品が足りん。東京が最高や」


「馬鹿か、お前は」


 極論にもほどがある。付き合い切れない、と菅井はため息をついた。



 以前、身の上話を聞いたところによると、武智将次は大阪出身らしい。大学進学を機に東京へ出てきたが、不運にも入学して間もなく、この街へ連れ去られた。美音の他に関東の女をよく知っているわけでもないのに、よくもまあ知ったような口が利けたものだ。


 ちなみに、これは他の被験者にも共通していることだが、街に来る前後の記憶はきわめて曖昧である。おそらくは、スピーカーの声の主に記憶を消されたのだろう。



「何してんの、あいつら。馬鹿みたい」


 大いに盛り上がっている男たち(武智含む)を、清水唯は冷めた目で見ていた。横に立つ友人へ話を振る。


「和子もそう思うでしょ?」


「えー、そうですか? 美音さん、めちゃくちゃ可愛いと思いますけど」


 唯はぎょっとしたが、和子は大真面目らしい。きょとんと小首を傾げたかと思うと、壇上のリーダーへキラキラした視線を送る。


「さっき菅井くんが指名されたとき、ちょっとドキドキしちゃいました。私も、あんな綺麗な人に名前呼ばれてみたいなあ……うふふ」


「うふふ、って何よ」


 唯としても、美音が可憐な女性であることに異論はない。けれども、和子ほど魅了され、のめり込むのはちょっと異常な気がした。


 友人にそっちの趣味がないことを祈りつつ、リーダーの演説に意識を引き戻す。


「……確かに、私には普通の人よりも強い力があるかもしれない。けど、ここまで来れたのは皆のおかげだよ」



「いつも作戦を立ててくれた、サブリーダーの菅井くん。先陣を切って戦ってくれた、武智くん。後方支援を担当してくれた、唯ちゃんと和子ちゃん。他の皆にも、いっぱい、いっぱい感謝してるよっ」


 そこでペロッと舌を出し、頬を染める。名前を呼ばれた武智と和子は、嬉しさのあまり小躍りしていた。


 自分の可愛さを理解しているがゆえの、とびきりキュートなパフォーマンス。「あざとい」と思う人もいるだろうが、ここにいるメンバーの多くは美音に夢中だった。


「この街に来てから、一週間とちょっとくらいが経ったかな? 最初は皆いがみ合ってたけど、戦いを通して分かり合って、ようやくここまで来れたんだよね」


 一旦言葉を切り、美音は一人一人の顔を順番に見つめた。



 誰しも、最初から無抵抗で彼女に従ったわけではない。だが美音は、相手を倒しても命までは奪おうとせず、「こんな風に争うなんて間違ってる」と悲しげに呟くばかりだった。


 その健気な姿に胸打たれ、彼女を守る騎士になりたい、と志願する者が後を絶たなくなった。少しずつ人数が集まり、今では小規模ながらグループが結成されつつある。


「勢力範囲の拡張・防衛は、今のところ順調に進んでるよ。この調子で頑張って、デスゲームなんか終わらせちゃおう!」


 「おー!」と右手を突き上げた美音に、男たちの野太い声が続く。やや引き気味で、唯たち女性陣も倣った。


 彼女が周りの人々を惹きつけたのには、美貌以外にも理由がある。「殺し合いなんて間違ってる」と主張し、譲らなかったからだ。


 彼女は血が流れるのを好まず、平和を取り戻したいと切望していた。ゆくゆくは被験者の大部分を味方に引き入れ、戦いを事実上終わらせようという構想もあった。



(要するに、今日の集会は皆の士気を上げるためのものか)


 熱狂から一歩引いたスタンスで、菅井は仲間たちの様子を眺めていた。


 しかし、それにしては少々大がかりすぎるような気もする。


 一つのアパートに同志を集めている芳賀とは異なり、この頃、美音たちは特に住む場所を決めていなかった。近くのエリアで寝起きしている者がほとんどだったので、何かあれば皆そこから集まってきた。


 近隣とは言っても、移動中に他グループの被験者から襲われる可能性はゼロではない。壮行会をやるためだけに、美音はリスクを冒して仲間を集めたのだろうか。



「私の話は以上です。……えっと、それでね、一つお願いがあるの」


 けれども、集会はまだ終わりではなかった。


「皆で踊りたいなって、ずっと思ってたんだ。ダメかな?」


 スマイル満開でお願いされて、仲間たちが断るはずもない。唐突なリクエストに戸惑いつつも、菅井たちはそれを受け入れた。


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