063 敗北の拳
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
「和子、念仏唱えてる暇があったら戦って⁉」
降り注ぐ光弾の雨の中、菅井たちは散り散りになっていた。アパートの影に身を隠し、攻撃から逃れようとする。
壁にもたれて両手を合わせ、望月和子は完全に諦めムードに突入していた。そんな彼女へ、清水唯が平常運転でツッコミを入れる。
「ほら、私がブーストしてあげるから。何でもいいから、近くの物をこう、ぐにゃって変形させちゃってよ」
「む、無理ですよっ」
ひいっ、と情けない声を上げ、和子はうずくまってしまった。対照的に、唯がため息をつく。
望月和子の能力は、触れた物質を瞬時に分解し、別のかたちに再構成するというものだ。いわば錬金術のような力だが、そこには当然、質量保存の法則がはたらく。元々の物体と全く異なるものを生み出すことはできない。
だが、唯に力を増幅してもらえば、話は別だ。物理法則をある程度無視し、通常なら不可能な錬成も可能となる。たとえば鉄パイプからスナイパーライフルを作るなど、原材料と製品が完全に一致しなくとも、様々なものを作れる。
使いようによってはかなり強力な力なのだが、一つだけ残念なことがあった。それは、和子の想像力が乏しいということである。物体を見て、「これから何が作れるのか」「この状況で必要な武器は何か」を瞬時に判断するのが大の苦手なのだ。
もしも和子と唯の持つ能力が逆だったら、あるいはもっと上手な連携が取れていたかもしれない。けれども、能力はその宿り主を選べないのだ。首に刻まれた数字のパターンが、全てを決定づけてしまう。
そんな彼女たちを見かねたのか、菅井は一早く反撃に出た。
(どこだ。敵はどこから撃っている?)
夜空へせわしなく視線を走らせ、右手の親指と中指を軽くこすり合わせた。
彼の能力は「視認した物体の運動を、五秒間停止させる」というものだ。襲撃者が光弾を放っている位置さえつかめれば、こっちのものなのだが。
リーダーが悩んでいるのを察し、武智はわざとアパートの影から飛び出した。月明かりに照らされた空を見上げ、やみくもにナイフを振り回す。
「おーい、どこや。どこから撃っとるんや。姿を見せんかい、この卑怯者が!」
無論、荒谷は応答しない。声を発すれば、それを利用して位置を特定されるかもしれないからだ。
武智の姿を認め、天空から新たな光弾が放たれる。真っ赤に輝くそれは、流れ星のように尾を引き、美しい軌道を描いた。
「おっとっと」
慌てて跳び退き、間一髪で武智が光弾をかわす。しかし、その間に菅井は用意を整えていた。
破壊光弾の輝きとその軌道から、狙撃手の位置を逆算。大まかにだが特定し、星のきらめく空へ目を凝らす。
一瞬だけ見えた。白く光る月の前を、小さな点が横切った。
(……そこだ!)
ついに敵の位置を捉え、菅井が右手の指を鳴らす。その途端、荒谷は金縛りにあったように体が動かなくなった。
飛行能力がまともに働かなくなり、固まった姿勢のまま、緩やかに高度を下げる。落下してきた彼へ、満を持して武智が飛びかかった。
「またやられに来るとは、お前も相当な物好きやな」
「……があっ」
勢いよく振るわれたナイフが、荒谷の胸を浅く斬る。そこでようやく硬直が解け、彼は力なく倒れた。
「散々手こずらされたわい。この借りは倍にして、いや、十倍くらいにして返したる」
勝負ありだった。現状では、菅井の視野に常に荒谷が収まっている。すなわち、荒谷は菅井の停止能力から逃れることができず、やろうと思えば菅井たちはリンチすることもできた。
「よすんだ、武智」
だが、リーダーはそれ以上の攻撃を許さなかった。
「こいつに構っている暇はない。俺たちに与えられた任務は、あくまでオーガストの援護だ」
「それもそうやな」
菅井の言葉にすんなり頷き、武智がナイフを下ろす。くるりと方向転換し、目的の倉庫へと走り出した。
「和子、私たちも行くよ」
「う、うん」
武智、菅井、そして女性陣二人という順番で、四人は駆け出した。
彼らの後ろ姿を、荒谷が悔しそうに睨んでいた。血だまりの中に拳を叩きつけ、彼は唸った。




