062 紅蓮の稲妻!アイザック
「……皆、伏せて!」
はっと目を見開き、陽菜が叫んだ。
危険を予知したに違いない。それが何なのか考えるより先に、能見は反射的に身を屈めていた。芳賀と咲希も、戸惑いつつもそれに倣う。
直後、一秒前まで彼らの頭があった辺りを、真っ赤な稲妻が貫いていった。倉庫の入り口から扇状に広がったそれは、積み上げられた段ボールのいくつかをも切り裂いた。
いや、切り裂いたという表現では生温い。ジグザグに走るスパークが、瞬時に段ボールを焼き払い、切断した。中のゼリーが熱でドロドロに溶け、箱の外へ溢れ出す。
オーガストとて、稲妻の餌食にならなかったわけではない。むしろ逆だった。麻痺して体が動かない彼は、紅の電流の直撃を受けた。首筋に凄まじい熱と衝撃が加わり、オーガストが激痛に悶える。
しかし、即死には至らない。彼の皮膚は非常に硬く、かろうじて稲妻を耐え切った。白い煙が一筋、そこから立ち昇っている。
「――さすがはオーガスト。ご自慢の防御力は健在みたいじゃねえか」
軽快な足音とともに、赤い影が現れる。突き出した手をすっと下ろし、つまらなさそうに倉庫内を見渡した。
「チッ、ナンバーズどもには当たらなかったか。まとめて始末できればそれで良かったんだが……まあ、いいだろう。こっちを処刑するのが先だ。スチュアートに、お前を倒すよう頼まれちまったからな」
そう言って、彼はくるりとオーガストへ振り向いた。
オーガストと同様に、三葉虫を思わせるラインが刻まれた、強靭な肉体。ただ一つだけ違うのは、体色である。真っ黒なオーガストに対し、こちらは目が覚めるような赤色だ。
先刻の稲妻は、彼が手のひらから放ったのだろう。硬い皮膚を持つオーガストとは対象的に、この紅の怪人は攻撃力に秀でているのかもしれなかった。
「や、やめろ。やめてくれ」
徐々に近づいてくる怪人を前に、オーガストは悲鳴を上げた。
必死の形相で逃げようとしたが、能見たちから受けたダメージは消えていない。痺れた足が絡まって立つこともできず、何度も無様に倒れた。
ついに逃走を諦めたのか、彼は紅の怪人に泣きついた。何とも哀れな姿だった。
「頼む。我にもう一度だけチャンスをくれ。今度こそ……今度こそは、ナンバーズを倒してみせる。だから、頼むっ」
そんなオーガストを、怪人は残忍な眼差しで見つめるばかりであった。
「……往生際が悪いんだよ。つーか本当に使えねえな、お前。尋問されてあっけなく吐いちまうとは」
容赦なく頭部を蹴り飛ばす。その足には、真紅の稲妻が纏わされていた。
「ゴミはゴミらしく、地面に転がってろ」
苦痛に悶え、オーガストが横たわる。それでもなお這って逃げようとする彼を、怪人は嘲笑っていた。
(俺と同じだ)
謎の怪人が戦う姿を見て、能見は直感的にそう思った。何の根拠もなかったが、あの稲妻は自分が使う紫電と同種のものだと、感覚で悟った。
「悪く思うなよ。これ以上、お前にべらべらと秘密を喋られちゃ困るんだ」
にやにやと愉快そうに笑いながら、赤の怪人は再び右手を持ち上げた。その手のひらの上では、真紅の電流が躍っている。彼はただ純粋に、殺戮を楽しんでいた。
「いやはや、間に合って良かったぜ。俺たちの正体まで暴露されたんじゃ、たまったもんじゃない」
「……貴様、聞いていたのか⁉」
「途中からは、な」
絶望を露わに、オーガストが声を震わせる。怪人の返答もまた、彼の運命を決定づけていた。
スチュアートがオーガストの始末を決めた理由は、何も「彼が失敗続きであるから」だけではない。ナンバーズに追い詰められ、重要な情報を漏らそうとした彼を消し、口封じするためでもあったのだ。
笑みを消さぬまま、怪人が軽く右手を押し出す。ひいっ、とオーガストが悲鳴を漏らす。
「あばよ、クソ野郎」
それですべては決着した。
「遺言は聞かないぜ。裏切り者の言葉なんざ、聞く価値もないからな」
「やめろ。俺たちには、そいつからまだ聞きたいことが……」
思わず叫び、能見は立ち上がろうとした。謎の怪人へ飛びかかり、オーガストにとどめを刺すのを止めようとした。
今の二人のやり取りを見る限りでは、オーガストを人質として使うのは難しそうだ。だが彼にはまだ、情報源としての利用価値がある。ここで失うことは避けたかった。
けれども、できなかった。体が動かなかったのだ。
オーガストでさえも、あの真紅の稲妻を完全にガードすることはできなかった。ましてや自分たちがまともに喰らっていたら、どうなっていたか。陽菜の予知がなければ、おそらく即死だったろう。
自分と同種の力でありながら、それを遥かに上回る殺傷能力。新たな敵の、圧倒的な強さを前に、能見は本能的な恐怖にすくんでしまった。
怪人の放った赤い稲妻が、再びオーガストの首元へ命中する。先刻と同じ箇所を狙い撃ち、ついには穴を穿った。熱が皮膚を焼き焦がし、ドロドロに溶かす。
気管を、声帯を失ったオーガストは、もはや泣き叫ぶことすらできなかった。
喉元にぽっかりと穴を開けられ、彼の体は力なく崩れ落ちた。喉に開いた穴から、ごひゅう、と空気の漏れる音がした。
一瞬のうちに、管理者オーガストは絶命していた。
「……君もオーガストの仲間なのかい?」
ズボンに付着した土埃を払い、芳賀がすっくと立ち上がる。オーガストを倒した新たな敵に対して、さほど怯んでいる様子はなかった。
「それにしては、ずいぶん仲が悪いようだね」
彼の能力は、「『これは自身に対する攻撃だ』と認識したものを全てかわす」というものである。つまり、先ほどのような奇襲さえ受けなければ、あらゆる攻撃に対応できる。謎の怪人の放つ稲妻も、彼にとっては脅威にならないのかもしれない。
「俺の名はアイザック。この街の管理人だ」
紅の怪人はそう言って、つまらなさそうに芳賀たち四人を見回した。
「さてと。問題は、これからお前らをどう料理するかだな」




