061 最適解と迫る足音
にわかには信じられない話だった。
全ては管理者のシナリオ通りだったのだ。彼らは自分たちを怪人化させ、サンプルとして研究対象とするためだけに、ずっと計画を進めてきたのだ。
なお、オーガストが今回の作戦で使おうとしていた薬剤というのも、このゼリーに含まれる化学物質と同じものだった。変化の兆候がある被験者をさらってきて、強制的に促進物質を投与。サンプルを効率的に生み出そうという作戦であった。
「……私、お風呂に入ったときに見た。愛海ちゃんのナンバー、『036』だったの」
次々に明かされる、衝撃の事実。ショックを受け、また友達とのことを思い出し、陽菜はぽろぽろと泣き出してしまった。
「三桁全部がバラバラの数字だと『耐性』がないって、こういうことだったんだね。だから愛海ちゃんは、周りの人たちよりも早くおかしくなってしまって、そして……」
「陽菜さん、気持ちは痛いほど分かる。でも、少し落ち着いてくれ」
もらい泣きしそうになるのを懸命に堪えながら、能見は彼女の肩に手を置いた。愛海を失った悲しみは、彼の中でもまだ癒えていなかった。
「荒谷が時間稼ぎをしてくれているけど、いつまでもつか分からない。オーガストの仲間が来る前に、できるだけ多くの情報を聞き出さなきゃならないんだ。今は、少しだけ我慢してくれ」
「そうよ。匠の分も、頑張って尋問しなきゃ」
恋人の名前が出ると、それまで黙っていた咲希も口を開いた。彼女のことは一旦スルーし、陽菜が泣き止むのを待ってから、質問を再開する。
「お前たちが俺たちに何をしたのかは、一応理解できた。次は、どうしてこんな残酷な実験を始めたのか、話してもらうぞ」
「さっき言っただろう。我々の同胞を増やすために……」
「そういうことじゃない」
険しい表情で、能見は首を振った。
「同胞を増やすことだけが目的なら、何もこんな方法を取らなくてもいいはずだ。十種類の薬物を千パターンものやり方で投与したのは、どういうわけだ?」
「――全ては、最適解を探すためだ」
不意にオーガストが声を落とす。
「人体を我らへ最も近づけるためには、貴様らに投与したのと同じ十種類の特殊な薬品を、適切な分量で用いなければならない。そこまでは分かっている。だが、肝心の投与パターンだけが不明だった。千通りの実験データを収集する必要があったのだ」
「そのために……それを突き止めるためだけに、この街を作ったって言うのか。お前たちのせいで、一体何人が犠牲になったと思ってるんだっ」
声を荒げ、能見が黒の怪人へ詰め寄る。けれども管理者は、顔色を変えなかった。
「ならば問うが、自らの種族が滅亡の危機に瀕したとき、貴様はみすみす絶滅の道を選べるか? 何が何でも生き延びたい。そう思うのが、生命体としての本能ではないのか」
「何だと」
「よすんだ、能見。奴の挑発に乗ってはいけない」
カッとなりかけた彼を制し、代わって芳賀が尋ねる。
「……というか、前から気になっていたんだけど、君たちは一体どういう生物なのかな。見たところ人語を解するようだし、知能レベルも人間と同じか、それ以上に高そうだ。少なくとも、僕の知っている生き物ではないね」
「そうそう。あたしも気になってたんだよね」
話の輪に入れていないことを気にしたのか、咲希も調子を合わせる。わざとらしいな、と能見は思ったが、あえてツッコミを入れることはしなかった。
さすがにここまで話していいものかどうか、オーガストは逡巡した。けれども、結局は芳賀の目を見返し、囁くように言った。
「いいだろう。教えてやる」
そのとき、倉庫の外から一人の足音が近づいてきていることを、不幸にも彼は知らなかった。
「我々の正体は……」




