060 3桁のナンバーの秘密
能見たちは知らなかったが、オーガストはスチュアートに脅されていた。今回の作戦に失敗すれば、処罰を下す。場合によっては命を奪う、と。
仮にモルモットたちの包囲網を突破し、隠れ家へ逃げ帰ったとしても、自分を待っているのはスチュアートによる粛清だけだ。サンプルを回収できず、ナンバーズたちに圧倒されて敗走したオーガストに、もはや居場所など残っていなかった。
スチュアートには勝てない。戦えば、必ず自分が負ける。それが残酷な事実だった。
彼は自暴自棄になっていた。「どうせ殺されるのなら、誰にやられようが同じだ」とまで思い詰め、能見たちへ情報提供することを決めた。あるいは「彼らに協力すれば、あと少しくらいは生きていられるかもしれない」という計算もあった。
「その話をする前に、まずは貴様たちに与えられたナンバーについて説明せねばなるまい」
「ナンバーについてだと?」
能見は眉をひそめた。
以前、芳賀たちと話していたときに、能見は「番号の振り方には、何か規則性があるのではないか」という推測を口にしたことがある。あれは、当たらずとも遠からずだったのかもしれない。
「そうだ。……海上都市へ移送する前、我々は被験者たちを麻酔で眠らせ、施術を行った。十種類の薬物を千人の被験者へ、少しずつ違うパターンで投与した。そのパターンを示しているのが、各自に刻印したナンバーなのだ」
十種類の数字を三桁分並べる。だから、数字のパターンは十の三乗で千通りになる。被験者に割り振られたナンバーは単なる個体識別番号ではなく、何の薬品が投与されているか示すものでもあったのだ。
まだダメージが残っているのだろう。時折苦しそうに咳き込みながら、オーガストは続けた。
「一から十のナンバーには、それぞれ対応した薬品がある。三桁の数字は百の位から順に、投与量が多い順に並んでいる。たとえば『736』であれば、『7』に相当する薬を一番多く、その次に『3』を、最も少なく『6』を投与したということだ」
「その薬品にはどういう効能があるんだ」
「貴様らも、薄々感づいているんじゃないのか?」
能見の問いに、オーガストはかすかに笑った。
「薬の効能は二つある。一つは、十種それぞれに対応した異能の力を授けるというもの。――もう一つは、人の肉体を我らと同じ姿へ変えるという効能だ。同胞の数を増やすため、我々はこの壮大な計画を実行したのだ」
「何てことを……」
能見は愕然としていた。もしや、自分もオーガストたちへ近づきつつあるのではと思うと、銃を握る手が震えた。
「じゃあ、俺たちもいずれは変わってしまうということか? 板倉や、愛海さんと同じように」
「いや、貴様ら『ナンバーズ』は例外だ」
だが彼の予想に反し、管理者は首を振った。
「これは我々にとっても予想外のことだったが、三桁全てに同じナンバーを持つ個体――我らは『ナンバーズ』と呼称している――は、薬品に対して耐性を持っているようなのだ。同一の薬品を繰り返し投与された結果、免疫機能が働き、薬品による肉体変化がきわめて起こりにくくなったらしい」
「変化に使われるはずのエネルギーが能力拡張に回されたせいか、その戦闘力も高い。単一の薬品の効果を、最大限に引き出せる」
「なるほど。つまり僕らは、君たちの実験目的から外れた存在というわけか」
ふむふむと頷き、芳賀が腕組みをする。
「道理で、管理者から目の仇にされたわけだ。サンプルに変わることもなく、強い力で暴れているだけの奴らなんて、君たちからすれば厄介きわまりないものね」
「……まあな」
そのナンバーズに敗れたことで多少傷ついたのか、オーガストは苦い顔で認めた。
「我々の設定したデスゲーム自体に、さほど意味はない。『戦績上位の百名が生き残る』とスチュアートは告知していたが、あんな約束は、奴の機嫌次第で反故にされるかも分からない。――真の狙いは、被験者を極限状態まで追い込み、眠っている力を発揮させることだ。力を使うたびに、彼らの肉体は我々へ近づく」
スチュアートとは誰なのか、能見は知らない。だがおそらく、管理者の一人であろうことは察せられた。
その人物こそが、あの日スピーカーからデスゲームを告知したのだ。
「じゃあ、愛海ちゃんはどうなんですか」
「……愛海とは、誰だ?」
やや唐突に投げかけられた質問に、オーガストは怪訝そうな顔をした。憤りを隠そうともせず、陽菜が続ける。
「あなたの協力者に倒された、私たちの大切な友達です。愛海ちゃんは能力に目覚めてなんかいませんでした。なのに、どうして怪人になってしまったんですか」
「この街にいる以上、誰しも微弱な力に目覚めている。全く普通の人間などいない。それにあの個体は、促進物質を摂取しすぎていたようだ」
「促進物質?」
「最初に配布した、ウィダーゼリーのことだ」
顔色一つ変えず、漆黒の怪人は告げた。
「あの中には、人体の変化を促す物質が含まれている。食べすぎれば、やがて我らと似たような姿へと変わる。もっとも、耐性を持つナンバーズにとっては無害そのものだがな」




