058 反撃のナンバーズ
「行くぞ、咲希さん。パターン二だ」
「分かってるわよ」
合図とともに、能見と咲希は走り出した。前者は右から、後者は左から回り込み、オーガストへ接近する。
「特訓の成果、見せてやるわ!」
疾駆しながら、咲希は能見の力をコピーしていた。ほぼ同時に腕を突き出し、二人は手から雷撃の槍を繰り出した。
以前戦ったとき、オーガストは能見の技を完璧に防いでみせた。だが、今回は単純計算で攻撃力が二倍だ。咲希がコピー元の力を増幅できることを考えると、それ以上かもしれない。
双方から迫る紫電の束を前に、怪人は一瞬迷った。どちらの攻撃を優先して防ぐべきか、それとも回避に徹するべきか。
いや、前回はあえて技を受け、相手を消耗させてから痛めつけたではないか。今回だって、この堅牢な皮膚で受け切れるのではないか。そんな迷いが、彼の動きを僅かに鈍らせた。
隙を逃さず、雷撃がオーガストに命中する。両肩に鋭い痛みが走り、彼は呻いた。
「貴様ら、よくも……」
けれども、体が思うように動かない。
能見と咲希に流し込まれた電流は、オーガストの予想以上の威力だった。漆黒の皮膚を焼き焦がすには至らなくとも、体の内側、筋組織を広範囲にわたって麻痺させている。
「――オーガスト。今日こそ君を倒す!」
体が痺れ、よろよろとあとずさる黒の怪人。彼目がけて、芳賀は雄叫びを上げて飛びかかった。
右手に構えたナイフを振り下ろし、黒い皮膚を切り裂かんとする。渾身の一撃は、敵の体に浅い溝を刻んだ。皮膚から激しくスパークが散る。
「何故だ。前よりも威力が上がっているだと⁉」
麻痺がまだ残っており、オーガストはろくに防御姿勢を取ることもできなかった。胸と腹へ次々に斬りつけられ、彼は劣勢に立たされている。
「当然さ」
対して芳賀は、すました顔で答えた。クールな仮面の下には、熱い怒りの炎が燃えているに違いなかった。
「この剣に込められているのは、僕一人の想いじゃない。板倉や愛海さん……散っていった全ての仲間の想いを背負って、僕は戦っているんだ!」
気合とともに、ナイフを横一文字に薙ぎ払う。胴へ浅く斬りつけられ、オーガストはふらふらと後退した。
能見たちの猛反撃は、終わらない。
「もうこれ以上、誰も犠牲にさせません」
決意を秘めた瞳で、陽菜がオーガストを睨む。予知によって敵の動きを先読みし、拳銃を発砲する。
「愛海ちゃんのような運命を辿る人が、二度と現れないようにする。そのために、私は戦うって決めたんです!」
狙いすました銃撃は、怪人の眉間へ命中した。
さすがに、硬い皮膚を撃ち抜くことは叶わなかった。が、目の近くに衝撃が加わったからか、オーガストは刹那、苦悶の表情を浮かべた。
「……ありえない。我々は、人間よりもはるかに優れた存在のはず。それなのになぜ、こんなできそこないの実験動物に押されている?」
「確かにお前は強い。けど、俺たちには仲間がいる」
そう言い放ち、能見は咲希へ視線を向けた。目で合図し、弱ったオーガストへ向かって左右から突進する。
「人間を舐めるな。仲間との絆、それこそが人間の可能性。俺たちの力だ!」
「あんた、あたしの台詞取るんじゃないわよ⁉ かっこいいところ、全部持っていかれたじゃない。 ……あー、もういいわ、とにかく全力で行くわよ!」
堂々たる覚悟とともに、拳に紫電を纏わせた能見。ぎゃあぎゃあ喚きつつも、最後には真剣な表情で敵を見据えた咲希。
トリプルシックスとトリプルツー。二人の力が今、重なり合う。
パターン三。すなわち、紫電を腕に纏わせた状態で放つ格闘技。
敵の懐へ飛び込み、能見と咲希はストレートパンチを叩き込んだ。紫のスパークを帯びた拳がヒットし、怪人の体を大きく吹き飛ばす。闇を切り裂き、稲妻が閃く。
やがて倉庫の壁へ叩きつけられたオーガストは、ぐったりして動かなくなった。
胸ポケットに入れた無線が、ブーンと音を立てて唸る。そのノイズで、菅井颯は目を覚ました。
「はい」
『夜遅くにすまないが、出動要請だ』
スチュアートの声で、一気に目が覚めた。
菅井が今いるのは、彼が支配しているエリアのアパートの一室。同室の武智は、まだいびきをかいて寝ていた。
「サンプルの回収か?」
通話が終わり次第、武智を起こさなければと思いつつ、要件を詳しく聞く。
『いや、今回は違うよ。オーガストの援護だ』
「援護?」
怪人の声は、少し歯切れが悪かった。
『彼が少し苦戦しているようでね。手を貸してやってくれないかな』
「分かった。だが……」
それに影響されたわけではないけれども、菅井も言葉を濁した。
管理者の一人、オーガスト。彼が苦戦するとは、相当の強敵なのではないか。まさか、この間交戦したナンバーズだろうか。誰であれ、そんな奴らに自分たちが勝てるのか、いまひとつ自信がなかった。
「管理者でも苦戦するような相手に、俺たちだけで対抗できるか分からない。できれば、そっちからも一人くらい加勢してくれると助かる」
『それができないからこそ、こうして君たちに仕事を依頼してるんじゃないか。被験者の前へ自分から姿を見せた、オーガストが例外なんだよ』
スチュアートの口調は、徐々に苛立ったものへと変わっていった。
『私たちとしては、むやみな露出を避けたい。君たちとしては、管理者による粛清を免れたい。お互いウィン・ウィンの関係だからこそ、協力関係を結んだんじゃないか。まさか、忘れたわけじゃないだろうね』
「いや、そんなことはない」
ほとんど即答だった。
気づけば、菅井の首筋には冷や汗が伝っていた。「999」のナンバーが刻印された箇所が、汗でぼやけて見える。
「粛清」という言葉が、彼にあの日の出来事を思い出させていた。忘れるはずもない。この街に来てから、最初で最大の惨劇だった。
『心配しなくても、もしものときには誰かをサポートに行かせるさ。君たちも早く向かってくれないかな』
「……ああ。分かっている」
『よろしい』
無線の向こうで、スチュアートが微笑んだ気配があった。間もなく通話が終了し、菅井はほっと息を吐き出した。
少なくとも彼らに従っているうちは、自分たちの命は保証されている。寝ている仲間たちを起こすため、彼は各部屋を回った。




