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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
4.「新たなるナンバーズ」編
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057 オーガストとの決着

 監視カメラが破壊されたのは、ナンバーズの一人、トリプルセブンが支配している一帯のみ。その中で例の倉庫だけが、真空地帯のようにぽっかりと残っていた。


 倉庫内の天井に据えつけられたカメラは、依然としてモニターへ映像を送り続けていた。ナンバーズたちが破壊し忘れたのか、倉庫までは手が回らなかったのか、それはオーガストには判断しかねる。



 ただ一つ確かなのは、「この場所には、怪人化する直前の人間が集まりやすい」ということであった。事実、板倉も愛海も、ここでウィダーゼリーを貪り食って異形の姿に変わっている。


 他にもナンバーズによって支配されているエリアはあるが、ここまで大量の食料を一箇所に集めているのは、おそらくトリプルセブンのテリトリーだけだろう。だからこそ、虫が餌に集まるようにサンプルが寄ってくるのだ。


 愚かなモルモットどもめ。あのゼリーに何が含まれているかも知らずに。――以前のオーガストなら、こうして彼らを嘲笑っていたかもしれない。だが、今の彼は追い込まれ、焦っていた。



(……ここでしくじれば、もう後はない。無理やりにでもサンプルを採取せねば、我の居場所はなくなってしまう。いずれはスチュアートたちに消されるかもしれない)


 自分たちの計画が成功した暁には、オーガストの存在は必要不可欠ではなくなる。種族を繁栄させる上で、彼はいてもいなくても変わらないからだ。


(それだけは絶対に阻止する。何としてでも良質なサンプルを確保し、我の優秀さを見せつけてやるのだ)



 時刻は夜十時前後。月明かりに照らされた人気のない道を、オーガストは早足で歩いていた。


 迷うことなく、その足は倉庫へと向けられる。先刻、倉庫内のカメラに人影が映っていた。もしやゼリーを食べようとしているのでは、と思い、急いで駆けつけた次第である。


 そっと中を覗き込むと、男が一人、段ボール箱の山へふらふらと近づいている。野球帽を目深に被っていて、人相はよく分からない。しかし、さっきの人影と同一人物と見て間違いなさそうだった。



(好都合だ)


 とオーガストは思い、ほくそ笑んだ。ここまで症状が進んでいるのなら、薬剤を追加投与することなく変身を遂げるかもしれない。手間をかけずに済むのなら、それに越したことはなかった。


 だが彼の期待に反し、男はなかなか怪人へ変わらなかった。箱を開封し、二パック、三パックとウィダーゼリーを食べたにもかかわらず、一向に変化が訪れない。



「おや、何だか熱が下がってきた気がするなあ」


 スチュアートに脅され、オーガストは焦燥に駆られていた。そのせいか、男の喋り方が妙に芝居がかっていることにも気づかなかった。


「喉の渇きも収まったし、もう食べる必要はないね。帰るとしよう」


「……そうはさせん」


 野球帽の男が大きく頷き、ゼリーを捨てて踵を返そうとする。その行く手を遮り、黒の怪人は吠えた。


「あと少しで覚醒するモルモットを、みすみす逃がすわけにはいかない。貴様を捕獲し、薬剤を追加投与させてもらう」



 きょとんとしたように、男はオーガストを見つめた。さほど驚いていないのが奇妙だった。


「……ふふっ」


 かと思えば、彼はうつむき、おかしそうに笑い出したのだった。


「まんまと騙されたね、管理者オーガスト!」


 そう言い放ち、野球帽をぱっと放り捨てる。帽子のつばの下から現れたのは他でもない、芳賀賢司だった。



「何⁉」


 これにはオーガストも驚きを隠せず、たじろいだ。まさか彼が、こんな三文芝居で自分をおびき出したというのだろうか。

 

「もう隠れていなくていいよ」


 続いて、芳賀が段ボール箱の山に向けて呼びかける。すると、そのうちの三つの蓋が勢いよく開かれ、彼の三人の仲間が姿を見せた。


 彼らはここで待機し、ずっとオーガストを待ち構えていたのだった。



「悪いわね、芳賀くん。あたしたちを箱に入らせて、カメラに映らないように倉庫まで運んでもらったりして」


 大きく伸びをし、「あー、息苦しかった」とぼやく咲希。



「けど、苦労した甲斐があったな。こうして管理者と対面できたわけだから」


 髪についた埃を払い除け、オーガストを睨みつける能見。



「やっと私たちの出番ですね!」


 拳銃を構え、表情を引き締めている陽菜。三者三様の立ち居振る舞いで、彼らは宿敵と相対していた。



「……どういうことだ」


「つまり、全部僕たちの作戦通りだったってことさ」


 唸り声を上げるオーガストへ振り返り、芳賀は不敵に笑った。


「わざとこの倉庫のカメラだけを壊さずにおけば、管理者は必ずやってくる。特に、怪人化しかけている人がいればね。……いやはや、飲んだふりをするのには苦労したよ」


 そう言って、先ほど捨てたゼリーのパックを指差す。よく見ると、その中身はほとんど減っていなかった。



「ここまで準備が整えば、あとは単純だ。必要な戦力を集めて、君を倒すだけだからね」


「……我を倒すだと?」


 握り締めた右拳を、オーガストはぷるぷると震わせていた。はめられたのだと悟り、はらわたが煮えくり返りそうなほどの怒りに駆られる。


「ふざけるな。貴様らモルモットごときが我らを倒そうなど、思い上がりも甚だしい」


 屈辱の炎に身を焦がしながら、漆黒の怪人はグオオオ、と雄叫びを上げた。


「サンプルの回収は後回しだ。まずは貴様らナンバーズから始末し、二度と我々に刃向かえないようにしてやる」



「望むところだぜ」


 段ボール箱から両足を抜き、能見は前へ進み出た。芳賀と並び立った彼の目には、様々な想いが宿っていた。



(この体を見て下さい。私はもう、普通の人間ではありません。能見くんにも、陽菜ちゃんにも、トリプルセブン様にも……私は、たくさんの人に迷惑をかけてしまいました。ここで消えるのが定めなんです。きっとそうです)


 あのとき聞こえた彼女の声は、今も彼の中に響いていた。



「板倉を、愛海さんを……そして、他の大勢の人たちを! お前たち管理者は、何の罪もない人々を殺し合わせ、異形の姿に変えてきた。俺はお前たちを絶対に許さない!」


 顔の前で、固く拳を握る。今にも溢れ、流れ出さんばかりの紫電が、能見の腕にまとわりついていた。


「決着をつけよう、オーガスト。お前を倒し、全て吐かせてやる。俺たちの体に何をしたのかも、お前たちの目的が何なのかも、全てだ!」


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