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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
4.「新たなるナンバーズ」編
67/216

055 既製品の街

「あっ、もうちょっと右です。それから、少しだけ上!」


「もっと分かりやすい指示を出してくれ」


 アパートの立ち並ぶ一画を歩く。


 建物の外壁を見上げる荒谷に、陽菜が横からあれこれ口を出す。彼女の予知はぼんやりしたもので、おかげで探すのに苦労した。



「……もしかして、あれか?」


 荒谷がやっとの思いで見つけた監視カメラは、壁と同じ白色だった。外壁に溶け込むような色とデザインは、遠目に見ればカメラだと分からないに違いない。


 しかし、一つ見つけてしまえばこっちのものだ。類似の構造物を探すのはさほど難しくなく、あっという間に二人は十台ほどのカメラを発見した。



 見つけ次第、荒谷が光弾をぶつけていく。手のひらに浮かべた真紅の光の塊を、彼は優しく押し出すように放った。


 外壁を壊し、住人を傷つけることのないよう、威力は抑えてある。あくまでカメラのみを破壊していき、やがて荒谷は一息ついた。


「何だ。その気になって探せば、意外と簡単に見つかるものだな」


「そうですね」


 頷きながらも、陽菜はどこか釈然としていない様子だった。次なる予知をして、その結果を荒谷へ伝えることも忘れて、何やら考え込んでいる。



「どうかしたのか」


「……いえ。上手くいきすぎているような気がしただけです」


「上手くいきすぎてるって?」


「荒谷くん、妙だと思いませんでしたか?」


 相方を見上げ、陽菜は困ったように首をかしげた。



「さっきまでに破壊したカメラの配置、どのアパートも同じでしたよね。もし私が管理者の立場なら、被験者たちに見つからないよう、カメラの設置場所をもっと工夫すると思うんです」


「言われてみれば、そうだな」


 改めて、今しがた吹き飛ばしたカメラの残骸に目を向ける。



 一つの建物の壁に、四か所の監視カメラ。東西南北に一つずつ。これまでに見回ってきた三棟のアパートのどれもが、それと同じパターンだった。単純といえば単純である。


 あるいは、オーガストにとって今の状況は想定外なのかもしれない。被験者同士が団結し、自分たちに刃向かうとは思っていなかったのかもしれない。だとしても、ややお粗末な監視体制だった。探そうと思えば、難なくカメラを発見できる。



「まるで、ビルに合わせて色を塗り替えただけみたいだ」


 何の気はなしに呟いてから、荒谷ははっと目を見開いた。彼は真実の一片を掴みかけていた。


(……まさか、管理者は「既製品」を利用しているだけなのか? この街の全てを作り上げたわけではなく、元から存在していたものを自分好みに作り変えているだけなのか?)


 カメラ自体は、最初からビルに据えつけられていた。それを管理者が、目立たない色に塗り替えたのだとしたらどうだろう。



「荒谷くん、顔が怖いですよ?」


 心配そうに覗き込まれ、彼はようやく我に返った。


「……ああ。いや、何でもない」


「そっかあ。咲希ちゃんと一緒じゃないから、寂しいんですね」


「だから、何でもないって言ってるだろ⁉」


 抗議する荒谷をよそに、陽菜はしたり顔で「ふふっ」と笑った。



「何がおかしいんだ」


「咲希ちゃんが荒谷くんを『可愛い』って言ってた理由、何となく分かる気がして」


 急に何を言い出すんだ、と荒谷は疑問に思った。というか、不意打ちで褒められるとどうも照れるから、やめてほしい。


「子犬みたいで可愛いかなー、って思いました!」


 純粋無垢な笑顔を、陽菜が向けてくる。夏の日差しのように眩しい表情に、荒谷は目がくらむ思いがした。



 が、それも一瞬のことだった。


「あっ、でも子犬って言っても、どしゃ降りの日に段ボール箱に入れられて『くうん、くうん』って鳴いてるような、みすぼらしい犬ですけど」


「……ああ、そうかよ。あんたに僅かでもときめいた、俺が馬鹿だった」


 こめかみを押さえ、荒谷が顔を背ける。さっさと移動するぞ、と次のエリアへ向けて歩き出した。


「何か言いましたか?」


「何でもない!」


 半ばムキになって、荒谷は叫んだ。不思議そうな顔で、陽菜がその後を慌てて追いかける。彼女には、自分がストレートな物言いをしたという自覚はないようだ。



 何だかんだで、このコンビは良い仕事をした。一日で数十台のカメラを破壊し、その結果管理者は、芳賀の管轄下にあるエリアを見張ることがほとんどできなくなった。



 一仕事終えて、帰路につく。


 しばらく前から、能見と陽菜も、荒谷と咲希も、芳賀たちと同じアパートへ引っ越している。そのため、帰り道も一緒だ。



 芳賀が支配している一帯では、さすがに暴力沙汰は起きていない。むしろ皆で一致団結し、菅井たち他のグループの襲撃を警戒している。


 アパート群の隙間を縫うようにして伸びる、細い道。夕日に照らされたそこを、荒谷と陽菜は並んで歩いていた。


 いつからか、遠くで響いていた雷鳴も聞こえなくなっている。能見と咲希は特訓を終えたのだろうか。あの二人の連携がなければ、おそらくオーガストたちには勝てないのだが。



「今日はありがとうな」


 何も話さないのも気づまりなので、荒谷はぽつりと言った。


「陽菜さんが予知してくれたおかげで、スムーズにカメラを壊せた。俺一人じゃ、満足に見つけることもできなかったに違いない」


「大したことはしてないですよ」


 ぺこりと頭を下げ、陽菜は照れくさそうに笑った。けれども、荒谷の真剣な表情を見て、ふと笑みを消した。



「……今までのことも含めれば、いくら礼を言っても足りないくらいだ。あんたたちと出会って、俺と咲希は変わることができたからな」


 彼はどこか遠くを見ていた。それは海上都市を囲む壁なのか、はたまた壁の上部に垣間見える夕日なのか。陽菜には分からない。


 あるいは、それは形のないものなのかもしれない。街から脱出できないと悲観し、絶望に打ちのめされていた過去。海上都市のどこかに潜んでいるはずの、管理者への怒り。



「管理者の支配に屈するのではなく、自由のために立ち上がる勇気をもらった。本当に感謝してるよ」


「……い、いえいえ、こちらこそ! 荒谷くんみたいに心強い仲間に出会えて、私も良かったと思ってます」


「ありがとう」


 ふっと笑みをこぼし、荒谷は言った。確かに子犬のような、人懐っこい印象を受ける笑顔だった。



「これから先、管理者との戦いはますます激しくなるだろう。最後まで一緒に戦ってくれ」


「もちろんです」


 微笑と微笑が交差する。



 おかしなものだ。能見と咲希が一緒にいるところを見たときは、二人してやきもきしていた。なのに、自分たちが仲良さそうに話しているときは「見られたらどうしよう」という心配をしていない。


 そういう意味では陽菜も荒谷も天然だし、彼らはまだ子供だと言えるかもしれない。

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