054 カメラを止めろ
部屋の窓から覗くと、外では二人が何やら話し合っていた。
ここからでは、話し声までは聞き取れない。それで陽菜は、余計にやきもきしていた。
先ほどから、能見と咲希は力を使いこなすための練習をしている。彼の立てた作戦は陽菜も聞いているし、それに反対するつもりもない。二人が特訓に励む様子を見ても何とも思わない、はずだった。
(私だったら、もっと上手く能見くんをサポートできるのに)
寂しいような、もどかしいような感情に襲われて、陽菜は頬を膨らませていた。
三度目か四度目くらいで、咲希はようやく避雷針へ稲妻を命中させた。それから二人は応用技の練習へ移ったのだが、ここでも彼女は大苦戦している。真っ直ぐに電流を放てなかったり、体にスパークを纏わせようとしたら、間違えて自分が痺れてしまったり。失敗パターンは多岐にわたっていた。
だが、能見は決して諦めなかった、何度も咲希を励まし、辛抱強くコツを教える。
(……あれっ?)
そのとき、陽菜はふと違和感を覚えた。
(何だろう、この気持ち)
二人を見てハラハラするのは、咲希がミスばかりしているからではなく、本来自分のものであるポジションに彼女が収まっているからではないか。そのことに気づいてしまい、陽菜は少なからず動揺した。
「相棒を他の人に取られるというのは、お互い複雑な気持ちだな」
夢中で二人の様子を見ていたせいか、ドアがノックされ、開かれたことにも気づかなかったらしい。
「わあっ⁉ ……あ、荒谷くんか」
「何だよ、そのリアクションは。あと、台詞の後半だけガチトーンになるのやめろ」
靴を脱いで部屋へ上がり込むと、荒谷はどかりと腰を下ろした。不機嫌そうに陽菜を睨む。
「ていうか、あいつら本当に仲良さそうだよな。正直、嫉妬してしまいそうだ」
「嫉妬……」
何となく復唱してから、陽菜はかあっと赤くなった。
荒谷の立場なら、そういう感情が芽生えるのも分からなくはない。何といっても、恋人を他の男に預けているのだ。万が一にも咲希に危険が及ぶようなことがないかと、気が気でないのかもしれない。
けれども、陽菜の場合はどうか。一緒に暮らし、力を合わせて戦ってきたといっても、彼女と能見はそういう関係ではない。正確には、能見は多少意識していたのかもしれないが。
『……あの、能見くんと私は、付き合ってるわけじゃないです。ここに来たときに同じ部屋で目が覚めて、一緒に暮らしてるだけですから!』
陽菜は、過去にこんな発言もしている。能見のことを、異性として特別に意識したことはないはずだ。
「俺たちもそろそろ行こうか。監視カメラを壊すように言われてるものな」
彼女がドキドキしているのも知らず、荒谷はマイペースに用件を伝えた。
「えっ? あっ、はい」
我に返り、陽菜がこくこく頷く。二人は連れだって部屋を出た。
怪人化した愛海を狙い、突然オーガストが現れた。あのときのことを思い返すと、不審な点がある。
なぜオーガストは、愛海に変化が起きたことを知っていたのか。また、どうして彼女の現在位置を把握していたのか。作戦の立案者である能見によれば、「監視カメラの映像を見ていたからだろう」とのことだ。
『街の至る所に設置された監視カメラが、諸君らの戦いを克明に記録してくれている。三か月後、そのデータに基づいて戦績上位者百名を選出し、その者たちは街から出ることを許されるだろう。残った不良品は、全て処分されることとなる』
この街に来た最初の日、スピーカーから流れた声はこのように言っていた。
芳賀と手を組む前は、敵襲を避けるため、能見と陽菜は夜に動くことが多かった。闇に紛れたせいか、カメラの存在を意識することはあまりなかった。それから色々なことがあって忘れかけていたが、監視カメラによって管理者は大きな恩恵を得ているに違いなかった。
思えば、板倉の死体が消えた時点で「おかしい」と気づくべきだったのだ。なぜ管理者は、彼の遺体を保管してある場所が分かったのか。気を失った愛海の看病に追われ、忙殺されていたが、よく考えれば不自然な状況である。
その愛海が怪人化したときのことも含めると、次の仮説が成り立つ。すなわち、「オーガストは監視カメラの映像をリアルタイムで見ており、だから一早く現場に駆けつけることができた」。
もっとも、他の可能性も捨てきれない。菅井たち以外にも管理者と内通している人物がいて、その者が情報を流しているのかもしれない。
しかし、いずれにせよ、オーガストに自分たちの動向が筒抜けであってはやりづらい。そこで今回、監視カメラ破壊作戦が立案されたのであった。ひとまずは芳賀が支配下に置いているエリア内に限定し、見 つけ次第、カメラを潰していく。
そこで役立つのが、陽菜の予知能力である。「どの方向にどれくらい進めば、監視カメラがありそうだ」ということを何となく予知してもらい、カメラを発見したら、荒谷が光弾で吹き飛ばすという具合だ。




