053 紫電をコピーせよ
「……は、はあ⁉」
真っ先に反応したのは、荒谷ではなく咲希本人だった。耳まで赤くなり、能見に詰め寄ってぎゃあぎゃあ喚く。
「あんた、どういうつもりよ。言っとくけど、匠以外の男になびくつもりはないから。匠と比べれば、あんたなんか月とスッポンなんだからね!」
「あー、すまん。なんか誤解されちゃったな」
一人で盛り上がっている咲希を置いておいて、能見は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「つまり、俺が言いたかったのはこういうことだ。『オーガストを倒すために、咲希さんの力を貸してくれ』」
「俺は別に構わないぞ」
荒谷は能見へ、一定の信頼を寄せている。絶望していた自分たちへ希望を示した彼は、信じられる仲間であった。ゆえに、疑うことなく頷いた。
「匠、そこはもうちょっと引き止めるところでしょ」
なおも咲希は不満そうだったが、協力すること自体には一応同意してくれたようだ。
「……まあ、いいわ。それで? 具体的に、あたしは何をすればいいわけ?」
「咲希さんには、俺の能力をコピーしてほしい」
「え?」
意外な言葉に、彼女は目をぱちぱちと瞬かせた。
「オーガストの皮膚は鉄のように硬い。あの防御力は絶対だし、普通の攻撃ではまず倒せないだろう。けど、俺の雷なら話は別だ」
そう言って、能見は初めてオーガストと戦ったときのことを詳しく話した。彼いわく、硬質な皮膚を砕くことこそできなかったが、電流を流し込んでいくらかのダメージは与えられたらしい。
オーガストに対しては、芳賀も善戦することができていた。しかし、同じ手が二度通用するとは考えにくい。長期戦になれば芳賀が勝つかもしれないが、それにはかなりの時間がかかるし、また、そうなる前にオーガストも撤退するかもしれない。
咲希もオーガストとは一度交戦しているが、彼女の能力が「他の力のコピー」だとまでは知らないのではないだろうか。初めて会ったときに能見と陽菜が錯覚したように、荒谷と同種の、飛行能力を持つ戦士だと思った可能性は十分ある。
そうであれば、この作戦は敵の意表を突けるかもしれなかった。
「あのときは、俺一人の力だけじゃオーガストを倒せなかった。だけど、咲希さんの力を借りて威力を倍以上にすれば、決定打を与えられると思う」
「……面白そうね。いいわ、協力してあげる」
はたして、咲希は乗り気になったようだった。にっと笑い、能見に向けて親指を立ててみせる。
「聞けば、オーガストはあんたの大切な仲間を襲おうとしたらしいじゃない。あたしにできることがあるのなら、仇討ちくらい手伝ってやるわよ」
「ありがとう。恩に着るぜ」
能見も同じサインで応える。若干の疎外感を覚え、荒谷はおずおずと手を挙げた。
「咲希を貸すのはいいが、その作戦の間、俺は何をすればいい?」
「荒谷には、もう一つ別な仕事を頼みたい」
よくぞ聞いてくれました、とばかりに、能見は笑った。
「――陽菜さんと協力して、監視カメラの位置特定と破壊を手伝ってくれないか?」
外に出て、少し歩く。
芳賀が拠点とするアパートから離れ、以前陽菜と暮らしていた辺りまで移動した。建物の避雷針が見上げられる位置で立ち止まり、能見は咲希へ振り向く。
「それじゃ、始めるか」
「そうね」
こくりと頷いてから、彼女は思い止まったように首をかしげた。
「でも、あんたの能力がどういうものか分からないことには、コピーしようがないわ」
二人は別に、デートしているわけではない。能見の力を咲希がコピーし、連携して戦う練習をしているだけだ。
今立っている場所は、いつだったか、陽菜と一緒に特訓をした場所でもある。避雷針を的に見立てて雷を落とし、意図せずしてギャラリーを集めてしまったのが思い出される。
あれから色々なことがあった。芳賀と手を組み、荒谷や咲希も仲間に加わった。一方では管理者オーガストが現れ、菅井をはじめとする、彼らへの協力者も姿を見せている。
戦いが熾烈を極める中、愛海は怪人へと変わり、命を落とした。彼女のような犠牲を二度と出さないためにも、管理者を倒し、その野望を打ち砕かねばならない。
「見たところ、雷を出したりできるみたいだけど?」
「能力名を付けるとしたら、『電流操作』とかになるのかもな」
適当な調子で言い、能見はひょいと片手を挙げた。その手のひらの上に、小規模なプラズマを発生させる。
輝きを放ちながら、紫電は渦を巻いて浮遊していた。
「俺にできるのは、大きく分けて二つある。体から電気を放つこと、空から雷を落とすことの二つだ。攻撃のバリエーションもいくつかあるから、今日はそれをマスターしてほしい」
「分かったわ。……で、あたしはまず、何をすればいいの?」
「まずは、一番基本的なやつからだ」
アパート屋上の避雷針を指差し、能見は言った。
「あれを的にして、稲妻を落とす」
「行くわよ」
緊張した面持ちで、咲希は能見の力をコピーしようとした。細い手を掲げ、避雷針へ向けて伸ばす。
しかし、上空から降り注いだ紫電は、目標には当たらなかった。それどころか、ジグザグでめちゃくちゃな軌道を描き、こちらへ接近してくる。
「おわっ⁉」
とっさに飛び退いて避けたが、一歩間違えれば感電死していたかもしれない。能見はいささか憤慨していた。
「危ないじゃないか。もっとよく狙ってくれ」
咲希の能力は、コピー元の力を増幅して扱うというものだ。能見以上の威力の雷をむやみに落とされたら、ひとたまりもない。
「……ご、ごめんなさい」
よほど驚いたのか、咲希は尻餅をついていた。口を半開きにし、呆然としている。
稲妻が落ちた大地は、黒々と焼け焦げていた。
「初めてだわ。あたしが、コピーした力を上手くコントロールできないなんて」
能見の差し出した手を取って、ふらふらと立ち上がる。信じられない、と言いたげに、彼女は首を振った。
「やっぱり、あんたの力って変わってるわね。単に電気を操作しているだけとは思えないわ」
「そうか?」
「うん」
自分では意識したこともなかった。そもそもこの力は、陽菜を助けたい一心で本能的に発動したものだ。「使える武器があるなら何でも使う」くらいの気持ちで、理屈ではなく、直感で使いこなしてきた。
「大体、何で雷が紫色に光ってるわけ? キモいんだけど」
「知るかよ。俺に言わせれば、咲希さんのコピー能力だってかなり異質だぞ」
ため息をつき、能見はこの不毛な言い争いを終わらせようとした。
「とにかく、もう一度やってみよう。俺たちが上手く連携できなければ、オーガストには勝てない」




