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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
4.「新たなるナンバーズ」編
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052 お前の彼女を貸してくれ

「二つ目は、ウィダーゼリーの件だね。板倉も愛海さんも、怪人に変わる前に高熱が出ていたことは知っての通りだ。そして重要なのは、変身する直前に大量のゼリーを摂取していることなんだ」


「嘘だろ。あのゼリーも関係してるっていうのか」


 思わず、能見はお腹を手でさすった。今朝も一パック食べたばかりだった。


 食料がウィダーゼリー以外に配布されておらず、農産物が街で得られるはずもないので、被験者はゼリーを主食にせざるを得ない。それを食べることすら危険なのだとしたら、自分たちはどうやって生きていけばいいのか。



「やっぱり、偶然だとは思えなくてね。二人とも、何かに取りつかれたようにゼリーを欲していたから」


 当時の状況を思い出したのか、芳賀が顔をしかめる。


「……といっても、ゼリーそのものに害があると決まったわけじゃない。これは僕の推測だけれど、定量を食べる分には問題ないが、一度に大量に食べ過ぎると怪人化の作用を起こすんじゃないかな」


「まあ、一応筋の通った説だな」


 能見は頷いた。問題は、なぜ管理者はそんな食べ物を配布したのか、である。



「芳賀の説が正しいとするなら、管理者は俺たちの怪人化を促進しかねないものをばらまいていたことになる。あいつらは一体、自分たちの分身を生み出して何がしたいんだ?」


「……たくさん仲間を増やしたい、とか?」


 陽菜の素朴な意見に、能見が首をかしげる。


「仮にそうだとしたら、もっと他の方法がありそうなものだけどな。わざわざ海上都市を用意して、千人も被験者を連れて来るなんて大がかりすぎる」


「というか、そもそもオーガストら管理者がどういう生物で、どこから来たのか。それも明らかにする必要があるね」


 謎は深まるばかりである。腕組みをし、芳賀は唸った。



「ゼリーの過剰摂取には注意するように、部下へは連絡済みだ。ともかく、次にオーガストと戦ったときは必ず倒し、この辺りのことも含めて口を割らせよう」


「……そのことなんだけどさ」


 「オーガストを倒す」と芳賀が意気込みを語ったのが、提案するきっかけになった。小さく手を挙げ、能見は意見を述べた。


 昨夜、陽菜と悲しみを分かち合ってまどろむ中で、なけなしの知恵を絞って考えた作戦だった。


「俺に考えがある。このやり方なら、オーガストを倒せる可能性が高い」



「匠、怪我は大丈夫? 痛くない?」


「もう平気だ」


 心配そうに覗き込んでくる咲希に、荒谷はクールな笑顔で応えた。事実、武智に刺された傷はあまり痛まなくなっていたのだ。


 とはいえ、まだ安静にしていなければならないことには変わりなく。布団へ横になった荒谷の側で、咲希が看病してくれているのだった。



「咲希の方こそ、具合はいいのか。足の傷、完全には治っていないんだろ?」


 オーガストの奇襲を受けた際に、彼女は爪で足を斬られている。あれから荒谷が献身的に手当てをしていたのだが、皮肉なことに、今では看病する側とされる側が逆転していた。


「ううん、全然平気。それに、皆も怪我してるのに頑張ってるから。あたしだけ休んでるわけにもいかないわ」


「そうか」


 チャーミングな笑顔を向けられる。


 咲希の言葉に、嘘や強がりはなかった。裏表のない性格で、話していて楽しいのも、荒谷が咲希に惹かれた理由の一つだった――何となく気恥ずかしいので、本人には伝えていないが。



「……何か困ったことがあったら、あたしに頼ってくれていいんだからね」


 荒谷がそんな惚気たことを考えていると、咲希はふと、蠱惑的な微笑を浮かべた。すっと身を屈め、今にも荒谷と唇が触れんばかりになる。


「お、おい、咲希⁉」


「……ふふっ。照れてる匠も可愛いなー。食べちゃいたいくらい可愛い」


 まだ日は高い。恋人同士、仲睦まじく過ごすには少々早い時間だと思われたが、彼女はおかまいなしのようだった。もうデレデレである。



「匠、だいぶ溜まってるんじゃないの? あたしの怪我も良くなったし、久しぶりにいちゃいちゃしたいんだけど」


 愛海の世話を任されていた能見たちと異なり、このカップルには彼女との接点がほぼない。ゆえに、今回の事件が終わってもさほど気落ちしておらず、もっぱら荒谷の怪我を心配する始末だった。


「いや、それはそうかもしれないが、ちょっと強引すぎないか」


 あまりの勢いに荒谷は引き気味だったが、恋は盲目、咲希に気にする素振りはない。彼氏の上に跨るような恰好で、甘えた声を出して抱きついた。


「いいじゃん。あたしだって溜まってるんだから。しよう?」


「……しょうがないな」


 渋々といった感じで、荒谷は結局了承してしまう。



 人前ではクール系のキャラを演じていても、恋人の前だと毒気を抜かれ、飼い犬のように従順になってしまう。荒谷匠という人物は、そういう点で微笑ましかった。


 寝転がった荒谷へ、咲希が覆い被さる。頬を赤らめて見つめ合い、恋人たちが口づけをしようとしたときだった。


「荒谷、いるか?」


 ノックせずにドアを開けたことを、能見はこの瞬間、激しく後悔することとなった。



「……ば、馬鹿! 出てけ、覗き魔! 変態!」


 真っ赤になった咲希が、荒谷からぱっと体を離す。即座に彼の力をコピーし、突き出した右手から真紅の破壊光弾を放った。


「ちょ、ちょっと待て。別に、悪気があったわけじゃなくてだな⁉」


 とっさに電磁波のバリアをつくり、能見は光弾を防いだ。しかし、羞恥に頬を染めた咲希の怒りは、そう簡単に収まってくれなかった。


「うるさいわね。問答無用よ!」


 気合とともに叫び、今度は両手から光弾を撃ち出す。攻撃をガードされて、余計にイライラが高まったのかもしれない。



 前に彼女と戦ったときは、陽菜の照準補助を受けて勝つことができた。けれども、今は能見一人だ。形勢は最悪に近い。


 アパート内を必死に逃げ回りながら、能見はつくづく「不幸だ」と思った。首筋に刻まれた獣の数字は、どうやら伊達ではないらしい。



 双方ともにぜえぜえ息を切らし、ようやく追いかけっこが終了した。


 結果は引き分け。咲希の光弾はあと少しで能見を捉えられず、また両者ともに全力疾走しすぎて、体力を使い果たしかけていた。


「……なかなかやるわね。今日はこのくらいにしておいてあげるわ」


「ノックし忘れたのは悪かったよ。でも、俺は喧嘩しに来たわけじゃないからな」


「じゃあ、何しに来たのよ?」


 荒谷と咲希が住む部屋へ戻り、平謝りに謝る能見。そんな彼を、咲希はきつく睨んだ。



「頼みがあるんだ」


「頼みって?」


 オウム返しに聞き返すと、能見は荒谷へ振り向き、真剣な表情で告げた。


「お前の彼女、ちょっと貸してくれないか」


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