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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
4.「新たなるナンバーズ」編
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049 荒谷の機転

 そのとき、どたどたと足音がして、大勢の人影が倉庫へなだれ込んできた。


「……トリプルセブン様、大丈夫ですか!」


 彼らは皆、芳賀の部下であった。ちらほら見慣れない顔もいるが、先日、荒谷の傘下からこちらに移ってきた者であろう。



「俺たちも戦います!」


 男たちは口々に叫び、侵入者への総攻撃を開始した。手から火の玉を放ったり、弾丸のように氷柱を撃ち出す者もいれば、能力が戦闘に適さず、拳銃を発砲するにとどまる者もいる。個々の力は弱くとも、数十人単位でまとまればかなりのものであった。


「うわっ」


 そのうちの一人が放った衝撃波を受け、武智の体が段ボール箱へ叩きつけられる。「くそっ」と悪態を吐き、彼はよろよろと立ち上がった。



「しゃあない、勝負はお預けにしたる。その代わり、次に会ったときこそ仕留めたるわ」


 さすがにこの人数が相手では不利だ、と判断したのだろう。芳賀を睨むと、捨て台詞を口にし、急いで菅井たちの元へ駆け戻る。芳賀のいる位置からは、武智以外の三人の姿はぼんやりとしか見えなかった。


 あとを追おうにも、部下が放っている攻撃に巻き込まれそうでできなかった。第一、負傷した芳賀には、それができるだけの体力が残されていなかった。



「待てっ」


 逃げようとする四人を、手下たちが追いかける。


「……しつこい連中だ」


 続いて、パチン、パチン、と指を鳴らす音が連続する。



 のちに部下からの報告で知ったのだが、菅井の停止能力で先頭集団が足止めを喰らい、その隙に逃げられてしまったらしい。


 なお、追跡を開始した頃には、オーガストと愛海の姿は影も形もなかったという。倉庫を出た彼は、愛海の死体を受け取るとすぐに立ち去った。陽菜は大泣きし、無我夢中で止めようとしたが、菅井らに阻まれて叶わなかったとのことだ。


 不幸中の幸いか、管理者や怪人の存在をいたずらに知らせ、部下たちを不安がらせることはなかった。



 もっとも、この時点での芳賀は追跡結果を知らなかったし、愛海が殺されたこともまだ聞いていなかった。管理者に加え、見知らぬ被験者にまで突然襲われ、彼は何が何だか分からなかった。


 ただ一つ確かなのは、誰かが援軍を呼び、自分たちを助けてくれたということだ。この倉庫は、居住しているアパートからやや離れている。誰の指示も受けず、部下が自分たちだけで異変に気づき、大挙して駆けつけたとは考えにくかった。



「よう、芳賀。ずいぶんとボロボロだな」


「……荒谷。君が、彼らを集めてくれたのか?」


 いつからそこに立っていたのだろう。倉庫の入り口の壁にもたれかかり、荒谷匠は微かな笑みを浮かべていた。


「まあな」


 そう言うと、不意に顔を歪める。苦しそうに体を折り曲げ、彼は膝を突いてしまった。



「大丈夫かい?」


 自分だって武智に斬られた傷が何か所もあるのに、芳賀は痛みに耐え、荒谷の元へ駆け寄った。肩を揺さぶろうとして、手を止める。


「荒谷、君は」


「すまない。ちょっと無茶をした」


 弱々しく笑った彼のシャツには、脇腹の辺りに赤黒い染みができていた。滲み出た血が、ブルーの生地を変色させていく。



「さっきの奴らが侵入してきたのに気づいて、迎撃しようとしたんだが……俺一人じゃ、力不足だったみたいだ。『せめて自分にできることをやろう』と思って、集められるだけの人数を集めてみたってわけさ」


 シャツをめくると、鋭利な刃物で斬られた傷が痛々しかった。おそらくは芳賀と同様、さっきの関西弁の青年にやられたのだろう。


「とにかく、負傷者の手当てが優先だ。急いで治療を……」


 肩を貸し、歩き出そうとした芳賀を、荒谷は「待て」と制した。



「俺のことは後でいい。それよりも、能見と花木を助けてやってくれ。多分、あいつらの方が重傷だ」


「本当か?」


 この頃になると、芳賀にも何となく状況が察せられていた。倉庫を出た能見たちを、さっきの被験者らが待ち受けていた。彼らの妨害を受け、怪我を負ったというところだろう。



「ありがとう。……そうだ、ついでに聞くけど、ピンク色の怪人を見たりしなかったかい」


「ピンク色の怪人?」


 荒谷は怪訝そうな顔をした。なぜ芳賀がそんなことを真剣に尋ねるのか、わけが分からない様子だった。


 当然である。荒谷にしてみれば、愛海が怪人に変貌したことも、彼女が菅井に始末されてオーガストが遺体を回収したことも知らないのだから。板倉の一件は聞かされていたものの、まさか同様の事件が起きたとは思っていなかった。



「いや、見かけなかったな。そいつも管理者の仲間なのか?」


 そのときから既に、嫌な予感がしていた。


「別にそういうわけじゃないさ」


 芳賀は曖昧な笑みを浮かべようとした。だが、上手く笑うことができなかった。


 お得意のビジネスライクなスマイルも、今日ばかりは表情筋が強張り、使いこなせなかった。


「……彼女は僕の、大切な仲間だ」


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