048 芳賀VSオーガスト
一方、芳賀はオーガストと交戦していた。
敵の攻撃をひらりひらりとかわし、隙を見てナイフで斬りかかる。だが、三葉虫を思わせる黒い皮膚は硬く、鎧のように刃を寄せつけなかった。
自慢の回避能力を使い、彼はオーガストの攻撃をことごとくかわしている。管理者も防御力を活かし、芳賀が放つ斬撃を凌ぎ切っていた。
つまり、互角である。お互いの技がまともに命中していないため、引き分けに近いと言えるかもしれない。
けれども、芳賀としてはそれでも構わなかった。自分一人で管理者に勝てるとは思っていない。能見と陽菜、愛海が逃げるだけの時間を稼げれば、最低限の目標はクリアしたことになる。
「厄介な能力だ」
爪の一振りをまたもや避けられ、オーガストが苛立ったようにぼやいた。
「やはり、『ナンバーズ』の能力は一点特化型。排除するに越したことはない、ということか」
「……ナンバーズ? どういう意味だい、それは」
後方へ跳び退き、芳賀が華麗に着地する。眉をひそめて問うた。
「前にも君は、僕たちのことをそう呼んでいたね。他の被験者とは、どこか異なるということなのかな?」
「モルモットへ教える義理はない」
「……はあ。しょうがないな」
再び飛びかかってきたオーガストを前に、芳賀はこれ見よがしにため息をついた。横へ跳び、放たれたパンチを軽くかわす。
「じゃあ、力ずくで聞き出すしかないか」
右手にナイフ、左手に拳銃を構え、芳賀は闘志を燃やした。
怪人へ銃弾を撃ち込みながら、ナイフ片手に接近戦を挑む。果敢に斬りかかり、オーガストの胸部から激しいスパークを飛び散らせた。皮膚を切り裂くには至らなかったが、微量のダメージを与えることには成功したらしい。
僅かに後ずさったところへ、芳賀はすかさず発砲した。近距離から発射された弾丸が、漆黒の皮膚へ続けざまに命中する。
「いくらやっても無駄だよ。君の格闘技じゃ、僕の回避を捉えることはできない。対して僕は、少しずつだけど君に傷を負わせられる。いずれはその防御も破れるはずだ」
優勢を意識し、芳賀がよく通る声で言う。オーガストは怯んだように後ずさった。
「さあ、手っ取り早く倒されてくれ。そして、君の知っていることを全部吐いてもらおう」
「……そうはさせへんで」
ダン、と大地を蹴り飛ばし、武智は芳賀へ躍りかかった。右腕に握ったナイフが、日の光にきらめく。
「何っ⁉」
はっと振り向き、トリプルセブンは間一髪で第二の敵に気がついた。回避能力を発動し、後ろへ跳ぶ。
安心したのも束の間だった。着地した直後、芳賀の前髪の一部がはらりと落ちた。相手に斬られたのだ、と理解するのに数秒を要した。
(……斬られただって? この僕が?)
回避能力を使ったのに、何故かわし切れなかったのか。頭の中で疑問が渦を巻き、芳賀は混乱しかけた。
当然だが、新たな敵が武智将次という男であることも、彼の能力が「かまいたちを発生させる」「戦闘が長引くにつれ、攻撃力が上昇する」というものであることも、芳賀は知らなかった。
芳賀の能力の数少ない欠点は、自身が「これは敵による攻撃だ」と認識したものしか防げないことだ。目に見えない攻撃、たとえば武智が操る風の刃はかわせない。
さらに不運なことに、武智の技の威力は今、最高潮に高まっている。唯によるブースト、戦闘続行による攻撃力の底上げで、彼は尋常でない力を振るえた。
「オーガスト、こいつは俺に任せとき。それよりお前は、はようサンプルを回収せえ」
「分かっている」
管理者は頷き、菅井たちの元へと足早に向かった。彼の目当ては言うまでもなく、怪人化した愛海の肉体だった。
この関西弁の青年は、オーガストのことを知っているようだ。それも、協力関係にあるらしい。目の前で繰り広げられるやり取りが、ますます芳賀を困惑させた。
「ほな、仕切り直しといこか」
呟き、武智が猛然と走り寄ってくる。まるで背中に風を受けているように、人間離れしたスピードだった。
一瞬でトリプルセブンの懐へ飛び込み、連続でナイフを振るう。芳賀はバックステップでかわそうとした。が、鋼の刃は回避できても、不可視のかまいたちまでは避けられない。たちまち肩や脇腹、胸を深く斬られ、呻き声を漏らした。
「くっ……」
「ははあ。噂のトリプルセブンも、大したことないんやな」
小馬鹿にしたように笑い、武智がナイフを上段に振り上げた。
「そろそろ、とどめといこか」
まずい、と芳賀は青ざめた。どういう能力か分からないが、この青年はナイフの動きとは別に、それと連動したもう一つの斬撃を放つことができる。武智の攻撃を避けるすべが、彼にはなかった。
こうなれば回避を諦め、刺し違える覚悟で迎え撃つしかない。半ばやけくそになって、芳賀はナイフを突き出そうとした。




