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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
4.「新たなるナンバーズ」編
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046 凍結のトリプルナイン

 能見が稲妻を、武智が風の刃を纏わせたキックを放つ。


 両者の足先が触れんとした瞬間、パチン、という小気味いい音が響いた。


 すると不思議なことに、能見の体はひどく重くなった。まるで鉄球か何かをくくりつけられたようで、思うように手足を動かせない。



(何なんだ、これは)


 うろたえ、喚こうとするが声が出ない。どういうわけか、唇や舌を動かせないのだ。


 ぴたりと静止させられた能見を、武智は勝ち誇った表情で見つめた。


「なかなか良い腕前や。俺が今までに戦った相手の中で、三番目くらいには強かったかもしれん。けど、残念やったな」


 体が動かず、無防備になった相手へ、真空の刃を纏った蹴りを叩き込む。


「所詮お前らじゃ、俺たちには敵わんってことや!」



 最初に押し寄せたのは、鈍器で殴られたような衝撃。続いて、刃物で斬られたような痛みが、腹部から体中へ広がっていく。


「がはっ……」


 そこでようやく硬直状態が解け、能見は無様に崩れ落ちた。激痛に悶え、彼はなすすべもなく倒れ伏していた。口の中が血の味でいっぱいだった。


 何が起こったのか分からなかった。純粋な攻撃力では、武智に劣っていなかったはずだ。むしろ、唯のサポートを受けている彼を相手に健闘した方だ。


 それにもかかわらず、能見は一方的に叩きのめされていた。



 パチン、と指を鳴らす音がして、陽菜は金縛りにあったように動けなくなっていた。


「なかなか頑張った方だと思うよ。でも、相手が悪かったね」


 優しそうな微笑みを浮かべ、菅井がつかつかと歩み寄ってくる。


 能力に覚醒していないわけではなかった。彼はただ、力を使うタイミングを見計らっていただけなのであった。



「俺の能力は、対象の動きを五秒間だけ止めるというものだ。こんな風に、な」


 すかさず、右手に握った拳銃を陽菜へ向ける。彼女の体は、まだ金縛りにあったままだった。


 容赦なくトリガーが引かれる。硬直状態が解けると同時に、陽菜の悲鳴が響いた。


「……痛い。痛いよっ」


 なぜ菅井が急所を外したのか、正確なところは分からない。情けをかけたのか、女だからと手加減したのか。


 あるいは、まだ迷いがあったのか。


 いずれにせよ、彼の撃った弾は、陽菜の右肩を貫いていた。血が溢れ出る傷口を押さえ、彼女はがくりと膝を突いた。



「……ううっ」


 激痛に耐えきれず、目には涙を浮かべている。もはや戦闘を続けられる状態ではなかった。


 足元に跪いた陽菜へ、菅井は嗜虐的な眼差しを向けた。


「これでチェックメイトだね。さてと、どう料理してあげようか」


 能見たちの戦い方を観察し、敵の手札を全て把握したうえで、彼は能力を使ったのだろう。完璧主義的で、意地汚いやり方だ。あたかも勝ったと思わせ、その油断を突いて倒したのだから。



「……陽菜さんっ!」


 武智に組み伏せられた能見が、首だけでこちらを見やる。自分だって傷を負っているのに、仲間のピンチを前に、彼は必死の思いで叫んでいた。


「能見くん!」


 陽菜もはっとしてそちらを見やった。が、頬に鈍い痛みを感じて倒れる。菅井が彼女を蹴り飛ばしたのだ。



「よそ見をするな」


 舌打ちし、菅井は三人の仲間へ振り返った。


「お前らもぐずぐずするな。とっとと始末して、ターゲットを捕獲するぞ」


「へいへい」


 適当に頷き、武智がナイフを拾い上げる。緊張した面持ちで、和子が拳銃を構える。それぞれに刃と銃口を突きつけられ、能見と陽菜は絶体絶命の危機に陥っていた。


「短い付き合いやったなあ。ま、恨まんといてや」


 名残惜しそうに呟き、武智がナイフを振り上げるのが、能見にはスローモーションで見えた。

 


「……グルル」


 風を纏った刃は、しかし、突き刺す寸前で静止した。異音に気づき、武智がぱっと後ろを振り返る。


 見れば、愛海だったものがおもむろに身を起こし、動き出そうとしていた。まだ動作はぎこちないが、どうにか立ち上がろうと足掻いている。


 能見が放った稲妻で麻痺していた体が、徐々に回復してきたのだろうか。もぞもぞと地面を這う彼女へ、武智たちは冷たい目を向けた。



「グルオオオオッ」


 はたして、桃色の怪人は立った。海上都市の人工地盤へ手を突き、よたよた歩き出した。


 そして菅井ら四人へ向かって、威嚇するように吠えたのだった。



 加減したとはいえ、短時間動きを止めるには十分な電流をぶつけたつもりだ。思ったよりも早く怪人が動けるようになり、能見は意外に感じた。


 けれども、すぐに「違う」と悟った。


 立ち上がってもなお、彼女の足には震えが走っている。自分が与えたダメージは、今も怪人の体へ残っているのだ。本来なら動けないほど痺れている肉体に鞭打ち、彼女は咆哮した。



 普通に考えれば、この場合、じっとしていた方が安全だったろう。菅井たちが交戦しているのは能見と陽菜で、愛海を相手にはしていない。能見たち二人を無力化した後で、改めて確保するつもりだったようだ。体を動かせるだけの力があったのなら、「二人を置いて逃げる」という選択肢もあったはずである。


 では、なぜあの怪人は、残った力を振り絞ってまで吠え、菅井らの注意を引こうとしたのか。



(……まさか)


 ある可能性に思い当たり、能見は思わず、目を見開いた。


(俺と陽菜さんを庇おうとして、彼らの注意を引いたのか?)


 だとしたら、彼女の中にはまだ、愛海のものと同じ心が残っている。醜い獣へと変わっても、言葉を話すことができなくなってもなお、愛海は人の心を失っていなかったのだろうか。



「ガルルル」


 唸り声を上げ、桃色の怪人が菅井へ飛びかかる。彼はそれをバックステップでかわし、パチンと指を鳴らした。


「やれやれ。こうも抵抗されるとは思わなかった」


 たちまち愛海の動きが止まる。仲間へ振り向き、菅井は続けた。


「……サンプルの回収を最優先にしよう。必要ならば殺しても構わない」


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