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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
4.「新たなるナンバーズ」編
56/216

044 4人の刺客

 青く小さな目が、彼女の首に刻まれたナンバーに止まる。皮膚がどろどろに溶けてもなお、刻印された数字の痕跡はかろうじて読み取れた。


「『036』。三桁それぞれに別のナンバーを持つ者は、やはり耐性がないようだな」


 それから、準備運動をするように軽く肩を回した。


「まあ、いい。いずれにせよ、サンプルとしての早期覚醒は喜ばしい事態だ」



「……陽菜さん、能見。愛海さんを連れて逃げろ!」


 彼女を庇い、芳賀が前に出た。オーガストへナイフを向けつつ、早口で言う。


 その表情は、緊張に強張っていた。


「こいつは僕が何とかする。彼女だけは、絶対に管理者の手から守り抜くんだ」


「……分かった。ここは任せたぜ」



 回避能力を持つ芳賀ならば、オーガストが相手でも簡単にやられはしないだろう。彼に後のことを託し、能見は桃色の怪人を抱え上げた。巨体を背中に負うようにして、よろよろと歩き出す。


 愛海の世話をしていたとき、バランスを崩した彼女を抱き止めたことがあった。バスローブ越しに柔らかな感触が伝わり、陽菜からはあらぬ誤解をされ、とんだハプニングだったと覚えている。


 今の愛海に、そのときの面影はない。ぶよぶよした皮膚に覆われた肉体は、人とはまるで別の存在だ。それでも、たとえどんな姿になっても、能見は彼女を救いたいと思った。



「陽菜さんも、早く行くぞ」


「……あ、うん」


 半ば放心状態だったらしい。ぽけーっとしていた陽菜だったが、能見の言葉に我に返り、すぐ立ち上がった。


 無理もない。仲良くしていた女の子が怪物へ変わってしまい、ショックからなかなか立ち直れていないのだろう。


 陽菜を連れ、愛海だったものを背負い、能見は倉庫を後にした。


 残された芳賀は、オーガストを足止めすべく、死力を尽くすこととなる。



「アパートに戻ればいいんだよね、能見くん?」


「ああ、そのつもりだ」


 愛海を背負って走るのはなかなか骨が折れたが、能見はできる限りの全力疾走で駆けた。といっても、とてとてっと隣を走る陽菜と同じくらいのスピードである。


 管理者はオーガスト一人とは限らない。スピーカーから聞こえた声と、オーガストの声が異なっていたのが何よりの証拠だ。他の追手が来る前に、愛海を安全な場所へ移さなければならない。



「……お兄さんたちさ」


 そのとき、道を急ぐ二人の前に、四人の男女が立ちはだかった。


「そんなに急いでどこに行くわけ? 狭い街なんだし、慌てなくてもいいでしょ」



 近くの通りに潜んでいたらしく、どこからともなく、ふらりと姿を見せる。自分たちのことを待ち構えていたのかもしれない。


 だとしたら一体なぜ、と能見は思った。彼らの目的は何なのだろう。


 横一列に並んだ彼らは、能見たちの行く手を塞いでいた。先ほど声を発したのは、右から二番目に立つホスト風の男らしい。長い前髪をかき上げながら、彼は涼しい顔で続けた。


「ついでに、その荷物も置いていきなよ。俺たちが手っ取り早く処理してあげるからさ」



「……お前ら、何者だ?」


 用心深く問いかけつつも、能見には何となく答えが分かっていた。


 彼ら四人は、見知った顔ぶれではない。同じグループには所属していないのだろう。つまり、芳賀のテリトリーへ侵入してきた、他のグループに属する被験者である可能性が高い。



 今能見たちがいる場所は、芳賀の支配下にあるエリアの中央部だ。防御を突破してここまで易々と踏み込めたということは、相当な手練れであろうと思われる。


 分からないのは、どうして愛海を狙っているのかということだ。他グループを倒し、上位百人に入って生き残るのが目的であれば、能見と陽菜を狙えばよい。


 そこまで考えて、能見ははっとした。彼ら四人の首筋に刻まれているのは、どれもゾロ目の数字だったのだ。



「一応、自己紹介くらいはしておこうか。俺は菅井颯だ」


 ホスト風の男がにやりと笑う。彼のナンバーは「999」、トリプルナインだった。


 他の三人の仲間も、彼に倣った。



「えー、紹介とか必要ある? ……ま、いっか。私は清水唯」


 サイズの合っていないぶかぶかのパーカーに、ダメージジーンズ。それから灰色の布マスク。彼女に与えられた数字は「888(トリプルエイト)」。


 都会的というかヤンキーのようというか、若い女には独特の雰囲気があった。フードを深く被り、だるそうな表情を浮かべている。



「も、望月和子です。よろしくお願いします」


 対照的に、もう一人の女性はひどくおどおどしていた。


 戦いに慣れていないのかもしれない。ボブカットの黒髪を揺らし、望月と名乗った女はぺこりとお辞儀をした。白い首筋に、「555(トリプルファイブ)」と刻まれているのが見える。



「……和子、敵に向かって『よろしくお願いします』はないんじゃないの?」


「ご、ごめんなさい」


 呆れたように、唯が和子を小突く。見たところ、清水唯が姉貴分で、望月和子は妹ポジションらしい。



「で、俺が武智将次や」


 彼女ら二人をさておき、残る一人、がっしりした体格の青年が声を張る。短く刈った髪は、「体育会系」という印象を強めていた。


 浅黒い肌に刻まれているのは、「444(トリプルフォー)」である。関西出身なのだろうか。武智は腕を組み、品定めするように能見たちを見た。



「ほな、リーダー、ぼちぼち始めよか。獲物に逃げられたら敵わんからなあ」


「言われなくても、そのつもりさ」


 笑みを消し、菅井が囁く。


「……悪く思わないでくれ。その化け物を確保しないと、俺たちの立場がなくなるんでね」


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