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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
3.「管理者の影」編
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043 指示を出してくれ、芳賀

「……そんな、愛海ちゃんが」


 大きく目を見開き、陽菜はへなへなと座り込んでしまった。全身から力が抜けてしまったようだった。


 愛海に付き添っていた三人、その全員が、目の前で起きた出来事を信じられずにいた。到底受け入れられない、辛い現実だった。



「僕のせいだ」


 体を起こした芳賀は、変わり果てた彼女を見て愕然としていた。唇を噛み、自らを責めるように呟き続ける。


「僕は愛海さんを止められなかった。板倉のときと、同じことが起きようとしている。そう分かっていたのに、どうすることもできなかったんだ」



 能見とて、絶望に打ちひしがれていなかったわけではない。だが彼は、諦めてもいなかった。


「……指示を出してくれ、芳賀」


 シュー、シューと息を吐き出し、こちらを睨んでいる桃色の怪人。愛海の成れの果てと対峙しながら、能見は絞り出すように言ったのだ。


 彼の声に、陽菜がはっと顔を上げた。


「愛海さんはお前の部下だろ。彼女をどうするかは、芳賀が決めてほしい。お前の判断なら、俺も陽菜さんも受け入れられると思う」



 能見の言葉は、捉えようによっては人任せであり、責任逃れだったかもしれない。自分や陽菜だって、愛海の看病を頼まれていた立場なのだ。


 しかし、だからこそ能見は芳賀に委ねた。理不尽な運命をたどった愛海へ同情するあまり、冷静な判断ができなくなることを恐れた。グループを統括している芳賀こそが、決断するにふさわしいと思った。



「……分かったよ」


 はたしてトリプルセブンは、ゆらりと立ち上がった。シャツに付いた埃を払い、怪人へと向き直る。その目には、再び闘志が宿っていた。


 懐から取り出したナイフの切っ先を、愛海だったものへと向けて威嚇する。


「他の仲間を守りたい一心で、僕は板倉を手にかけた。けれど、あのときのことを悔やまなかった日はない」


 ナイフの柄を握る手が、小さく震えていた。



「彼の遺体は、管理者にサンプルとして回収された。部下の命も守れず、この街の秘密を解き明かすための手がかりも奪われた。板倉の死は、ほとんど無駄になってしまったんだ」


 だから、と声を張り上げ、芳賀は変わり果てた愛海を見つめた。


「――僕はもう、誰一人切り捨てたりしない。板倉のような悲劇は、二度と繰り返させない。君のことも、必ず助けてみせる!」



『……トリプルセブン様。私、怖いです。いつか私も板倉さんと同じようになるんじゃないかって思うと、怖くて仕方なくて』


『気持ちは分かるけど、怯えてばかりいても何も始まらないよ』


『そうならないように、板倉が変わった原因をこれから探りに行くんじゃないか。大丈夫。何があっても、僕が君を必ず守り抜いてみせるから』



(そうだ。僕はあのとき、彼女と約束したじゃないか)


 怪人へ語りかけている最中、芳賀はふと回想していた。


 板倉の死体を調べに向かうとき、愛海とこのようなやり取りをした記憶がある。彼女の不安が的中してしまったのは、不幸としか言いようがない。



(……待っていてくれ、愛海さん。君を殺させはしない。僕が絶対に守り抜いてみせる)


 リーダーとして、男として、彼女との約束を破るわけにはいかない。


 ナイフを構える芳賀の手に、ますます力が入った。



「その言葉を待ってたぜ」


 芳賀の隣に並び立ち、能見は言った。


「でも、具体的にどうするつもりだ? このまま放っておいたら、彼女は他の被験者を襲いかねない」


「作戦はいたってシンプルだよ。僕が愛海さんを引きつけるから、君が無力化してくれ。ちょっと痺れさせるくらいで大丈夫だ」


 さすがはグループの指導者というだけある。ほぼ即興で戦略を練り上げ、芳賀はすらすらと答えてみせた。



「愛海さんの他にも、この街に来る前に医療従事者だった人がきっといるはずだ。命を奪わなくとも、拘束して体を調べることができれば、管理者の正体を暴く鍵になり得る」


「了解だ」


 大体のところを理解し、能見は頷いた。同時に芳賀は、ナイフを構えて走り出した。


 怪人の懐へ飛び込み、斬りつけるふりをする。ぶよぶよした皮膚に触れる寸前で刃を止め、後方へ跳ぶ。フェイントをかけ、相手を挑発する作戦だった。



「……ガルルッ」


 思惑通り、ピンク色の肌の怪人は芳賀へ注意を引かれたらしい。咆哮を上げ、太い腕を振り回し、彼の後を追おうとする。


 あとは、能見が雷撃をぶつけるだけだ。


 右手をすっと前へ出し、能見は意識を集中させた。放つのは、威力を落とした電流。短時間相手を麻痺させる程度の、微弱なものだ。


「少しだけ我慢してくれ、愛海さん。今助ける!」


 撃ち出された一筋の閃光が、怪人の腹を貫いた。焦げたような跡がうっすらと皮膚に残り、刹那、愛海だったものは膝から崩れ落ちた。



「……グルルル。ガウッ」


 苦悶の叫び声を上げ、じたばたともがこうとする。しかし、手足が痺れているためか、彼女は自由に身動きが取れなかった。


 ひとまず、愛海を無力化することには成功したらしい。あとはどこかへ隔離し、他の被験者と接触させないようにすればいい。能見と芳賀は顔を見合わせ、ほっと胸を撫で下ろした。



 愛海以外に元医療従事者が見つかれば、いずれは怪人になった彼女の体を調べることもできるはずだ。管理者の正体や、その目的が分かった暁には、愛海を元の姿へ戻す方法も明らかになるかもしれない。


 それにはおそらく長い時間がかかるだろうが、能見は決して諦めないつもりだった。愛海と一緒に過ごした時間はほんの数日だが、かけがえのない思い出がたくさんできた。陽菜だって、彼と同じ気持ちだろう。


 どんなに低い可能性でも、ゼロじゃないのなら賭けてみたい。三人は、心からそう思っていた。



「アパートの裏手に、使われていない物置のようなスペースがある。しばらくの間、愛海さんをそこに移しておこう」


 ところが、芳賀が指示を出そうとしたそのとき、異変は起きたのである。


 倉庫の壁を、黒々とした爪が突き破る。凄まじい威力の蹴りが、コンクリートの壁に容易く穴を開ける。



「――新たなサンプルを確認。速やかに回収する」


 現れたオーガストは、愛海だったものを冷徹に見据えていた。


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