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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
3.「管理者の影」編
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041 危険な熱

 あれから数日が経った。


 能見と陽菜が看病したおかげか、熱も下がり、愛海はすっかり元気になっていた。いつものように二人が訪ねていくと、こう訴えてくるまで回復していた。


「あのっ、私、久しぶりに外へ出たいです」


 万年床に伏していた姿はどこにもない。彼女はきちんと床に正座し、二人が来るのを待っていたのであった。


 期待に満ちた眼差しが向けられる。突然のことに、能見はやや面食らっていた。



「やめた方がいいんじゃないか。急に体を動かして、無理をしても良くない。それに、もし誰かが襲ってきたらどうするんだ」


「いいじゃん、能見くん。私は愛海ちゃんに賛成だよ」


 けれども、多数決は二対一。陽菜も前向きに検討しているようで、のんびりした調子で続けた。


「この辺りは芳賀くんのテリトリーのど真ん中だし、散歩くらいしても安全だと思うけどなあ。万が一攻撃を受けても、私と能見くんがいればきっと撃退できるよ」



 彼女の言うことにも一理ある。


 部下に命じて、芳賀はエリア内外の境界を常に監視させている。テリトリーへの侵入者が現れれば、すぐに彼の手下が迎撃してくれる。ましてや、テリトリーの中央に位置するこのアパートであれば、侵入者に攻撃されることはほぼありえない。


 だが、先日のオーガストとの戦闘を思い出すと、そう楽観的になるのも危険かもしれない。管理者は建物の屋上から飛び降り、いきなり襲いかかってきた。いつから付近に潜んでいたのか、どこから現れたのか全く分からなかった。


 第一、敵はどうやって自分たちの居場所を特定したのだろう。



「俺は反対だ。いつ管理者がまた襲ってくるか分からないのに、愛海さんを危険に晒すわけにはいかない」


 芳賀は、彼女のことを自分たちに託した。ならば、その思いに応えなくてどうするのだ。


「荒谷みたいに一気に長距離を移動できる被験者が、他にもいるかもしれないだろ。百パーセント安全だとは言い切れないよ」


「えー、私も行きたかったのに」


 陽菜が不平の声を上げる。いや、お前の希望は聞いてないぞ。



 当の愛海はといえば、寂しそうに目を伏せていた。


「そうですか、残念です。体調が良くなったことを、トリプルセブン様に報告しておきたいと思ったのですけど……」


 すると、陽菜がジト目でこちらを見てきた。


(愛海ちゃん、がっかりしちゃったじゃん。 責任取ってよ、能見くん)


 そう言われているようで、能見はどうも気まずくなった。重い沈黙が数秒間続き、ついに彼は折れてしまった。



「……あー、もう、分かったよ。行けばいいんだろ。その代わり、愛海さんの護衛をしっかりやること。いいな?」


「はいはーい」


 ありがとね、と陽菜がにこにこ笑って応じる。


 本当に喜怒哀楽が豊かで、表情がコロコロ変わる女性だ。彼女はちょっとした出来事にも素直に感動し、喜ぶことができる。それは一つの魅力かもしれなかった。


 アパートを出た三人を待ち構えているものが何なのか、このときの能見には知るすべがなかった。



 一階に降りたところで、芳賀とすれ違った。全くの偶然であった。


「よう」


「やあ、久しぶり」


 能見が片手を挙げると、彼も立ち止まり、三人に会釈した。


「最近は色々と忙しくてね、なかなか君たちと会う時間がつくれなかった」


 グループの指導者として、彼は責務を全うしているらしかった。ふと、そのリーダーの視線が愛海へ注がれる。



「おや、愛海さんも一緒か。もう具合は良くなったのかい?」


「は、はいっ」


 芳賀の前で、愛海はやけに緊張した様子だった。声が若干上ずっている。


「ええと、トリプルセブン様がお二人を遣わして下さったおかげで、すっかり良くなりました。全然元気です!」


「それは良かった。僕も心配してたんだよ」


 ビジネスライクな笑みを浮かべ、芳賀は能見たちへ向き直った。彼女がまだ話し足りなさそうにしているのに、である。



「立ち話もあれだし、良かったら歩きながら話さないかい? ちょうど気分転換をしたいと思っていたんだ」


 どうやら愛海は、芳賀に対して淡い恋心を抱いているようである。


 彼女から向けられる、熱っぽい視線に芳賀は気づいていないのだろうか。いや、あるいは気づいていながら黙殺しているのか。


 罪な男だ、と能見は思った。



 異変が起きたのは、倉庫の前を通りかかった折だった。板倉の死体が消えた、例の場所である。


 愛海の足取りが怪しくなり、ふらりとよろめく。慌てて陽菜が駆け寄り、その体を支えた。


「大丈夫、愛海ちゃん⁉」


「分かりません。急に体がだるくなってしまって……」


 虚ろな表情で、愛海が呟く。その頬は上気していた。



「わっ、すごい熱」


 何とはなしにおでこに手を当ててみて、陽菜は驚いたように手を離した。



 わけもなく嫌な予感がした。先日、バスローブ越しに彼女の肌に触れたとき、能見も同じことを感じていたからだ。まさかとは思うが、症状がぶり返し、熱が急激に上がったのだろうか。


「ちょっとだけ待っててね。すぐに部屋へ連れて帰るから」


 愛海に肩を貸し、陽菜が急いでアパートの方へ戻ろうとしたときだった。


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