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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
3.「管理者の影」編
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040 不幸なラッキースケベ

 支給品の中には、バスローブもあったようだ。


 薄いローブを羽織り、愛海がおぼつかない足取りでユニットバスから出てくる。


「うーん、いい湯でした。何だかふわふわして、気持ちよくなっちゃいました……」


 陽菜はまだ体を拭いているのだろうか。先に風呂から上がった愛海は、段差でつまずいてしまった。


「わわっ」


 バランスを崩し、前のめりに倒れる。



「――危ない!」


 病人に怪我をさせるわけにはいかない。能見はとっさに走り、彼女を抱き止めようとした。


 直後、頭に何か当たったような感触があった。



「あいたたた……」


 思わず目を閉じてしまっていたようだ。ぼんやりした意識の中、愛海は目を開け、状況を確認しようとした。


「……って、ええ⁉」


 羞恥に顔を真っ赤にして、彼女はぱちぱちと瞬きした。


 転倒した愛海を守ろうと、能見が仰向けに滑り込んだ。そして愛海は、その上に倒れる恰好になっていたのである。



「愛海さん、大丈夫か?」


 もごもごと、喋りにくそうに能見が言う。それもそのはずだ。彼の顔には柔らかな双丘が押し当てられ、圧迫されているのだから。


「ここからだと、どうなってるのか何も見えないんだけど」



 能見としては大真面目にやっている。


 押し当てられている豊かな胸、バスローブ越しに伝わる肢体の感触。大学生男子を動揺させるには十分すぎるくらいの材料が揃っていたが、驚いていないふりを装っていた。


 というか、少しでも興奮した素振りを見せれば、社会的にきわめてまずい状況に置かれてしまうのだ。



「わ、私は全然平気です。……ん、んんっ」


 途端に、愛海がびくりと体を震わせる。


「おい、どうした⁉」


「能見くん、お願いだからあんまり喋らないでっ」


 吐息を漏らし、体を横たえたまま喘ぐ姿は官能的だった。風邪で体力を消耗しているうえに、刺激によって力が抜けてしまったようだ。


「話すたびに、能見くんの唇が当たっちゃって……、何だか、変な気分になっちゃうの」



 能見は意識していなかったのだが、彼の口元は、胸の敏感な位置に触れていたらしい。バスローブを着ているとはいえ薄い生地だし、これだけ距離が近いと感じなくもないのだろう。


「そ、そうか。悪かった」


 なるべく唇を動かさないようにして、小声で謝る。腰にぐっと力を入れ、能見はその状態から体を起こした。


 同時に、折り重なるように伏していた愛海がまた転倒しないよう、彼女の細い腰を抱き寄せる。結果的に、二人は正面から抱き合うようなかたちで起き上がった。



「ごめんなさい。私、また皆さんに迷惑を……」


 不意に、愛海の体が軽くなる。能見の胸に顔をうずめたまま、彼女はすやすやと眠ってしまった。


 俺の方こそごめん、と心の中で謝る。相当疲れていただろうに、さらに無理をさせてしまったことは想像に難くない。今日はゆっくり寝て、元気を取り戻してほしかった。


(やれやれ。とんだハプニングだったな)


 何はともあれ、愛海に怪我がなくてよかった。寝てしまった彼女を布団に横たえようと、能見が腰を上げたときだった。



「……能見くん?」


 今までになく冷たい目が、こちらを見ていた。口元は微笑んでいるのに、目が笑っていない。


「一体、何をしてるの?」


 不審に思われて当然であった。


 今、能見は愛海と正面から抱き合い、その体を支えている。腕の中で恍惚とした表情を浮かべている彼女は、何やら淫靡なオーラを放っていた。



「ひ、陽菜さん、誤解だって。俺は別に、変なことをしようとしていたわけじゃなくてだな……」


「馬鹿っ! 能見くん、最低! 言い訳なんて聞きたくないもん!」


 悲鳴に近い怒声が飛ぶ。続いて、今度は本物の悲鳴が上がる。


 なるほど。芳賀が言ったように、トリプルシックスとは「獣の数字」、不幸の象徴なのかもしれない。


 愛海を助けようとしただけなのに、あらぬ疑いをかけられて陽菜に攻撃されるのだから。



「何だあ、そういうことだったんだ」


 自室へ戻ってからというもの、能見は筆舌を尽くして状況説明をした。その甲斐あってか、陽菜はあっさり許してくれた。


「能見くん、全然やましいことしてないじゃん。もう、最初からそう言ってくれたら良かったのに」


「『言い訳なんて聞きたくない』って言ったのは、どこのどいつだよ……」



 ぷりぷり怒っている彼女へ苦言を呈しつつ、能見は頭の中で別のことを考えていた。


 バスローブ越しに触れた愛海の体は、異常なほどに熱かった。まるで体内から湧き上がってくるような、ものすごい熱だった。


 シャワーを浴びたことで、体温が上昇してしまったのだろうか。しかし、仮にそうだとしても、人知を超えた何かが介在しているような感覚を拭えなかった。


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