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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
3.「管理者の影」編
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036 情報交換

 後を追うべきかどうか、荒谷が一瞬迷った素振りを見せる。だが結局は、咲希の手当てを優先することにした。仮に追跡したとしても、今の自分たちの力ではオーガストを倒すのは難しいと判断したからである。



「大丈夫だぞ、咲希。部屋に戻って、すぐに治療してやるからな」


 荒谷に抱きかかえられ、咲希はぐったりしたままだ。彼らを見かね、芳賀が声を掛ける。


「いや、僕の部下に手当てをさせるよ。さっきの怪人が、近くにまだ潜んでいる可能性もある。今は下手に動かない方がいい」


「ありがとう。恩に着るぜ」


 足早に移動しようとした三人。そのうち、彼だけを能見は呼び止めた。


「……ちょっと待てよ、芳賀」



「何だい?」


 荒谷たちを「先に行っていてくれ」と促し、中性的な容姿の青年がくるりと振り返る。


「軽傷に見えたけど、君たちも治療した方がいいのかな?」


「俺たちは別に何ともねえよ」


 事実、受けたダメージはだいぶ薄れてきている。もう既に、陽菜の肩を借りずとも立って歩くことができた。



「俺が聞きたいのは、お前の話だ。手下を連れてどこかに行ってたみたいだが、何でこんなに到着が遅れたんだよ」


 そもそも、能見たちが芳賀を探して外を歩いていなければ、管理者オーガストと遭遇することもなかった。彼の帰りは、あまりにも遅すぎた。


「色々あってね」


 曖昧な笑顔を浮かべ、誤魔化そうとする芳賀。彼の元へ詰め寄り、能見は続けた。


「俺たちと手を組むって決めたときも、お前はちゃんと理由を話そうとしなかったよな。そういうの、正直言って感じ悪いぞ」



「……の、能見くん、喧嘩は良くないよ⁉」


 やや険悪なムードが漂いかけたのを危惧したのか、陽菜はあたふたしている。しかし、能見に退くつもりはなく、芳賀もまた彼を突っぱねる気はなかった。



「何とか言ったらどうなんだ、芳賀。仲間同士で隠し事をするなんて、良くないぜ」


「……ああ、もう、分かったよ。話せばいいんだろう」


 ついに芳賀が折れた。やれやれと首を振り、踵を返す。


「咲希さんの手当てが終わり次第、全て話すよ。ただし、ちょっと長くなるかもしれないから覚悟しておいてくれ」



 傷口を消毒し、包帯を巻いた。応急処置を終えた彼女を、空き室の布団に寝かせる。


 咲希の看病をひとまず荒谷に任せ、三人は芳賀の部屋に再集合していた。


「……そんなことがあったとはな」


 話を聞き終えて、能見は考え込んでいた。


 芳賀の話とは、次の通りである。



 何日か前、彼の部下だった板倉が怪物に変わった。芳賀はやむを得ず板倉を倒したが、彼が化け物へ変貌した原因を独自に探ることにした。


 医療技術を持つ女性を連れて板倉の遺体を調べに行こうとしたところ、なぜか死体が消えていた。それを見て、女性は気を失ってしまう。彼女を介抱するのに手間取り、芳賀は到着が遅くなったというわけだった。



「どうして俺たちに相談してくれなかったんだよ。同じグループの仲間だろ」


「すまない。君たちには、もう少し調査を進めてから伝えるつもりだった。決して隠すつもりはなかったんだ」


 言い訳めいた台詞を口にしつつも、芳賀は一応謝った。


「それで調べた結果、何か分かったことはあったんですか?」


「ほとんどない、というのが正直なところかな」


 陽菜に問われ、彼が渋面をつくる。


「ただ、一つだけ言えるのは……板倉が変化した姿と、さっきのオーガストという怪人がどことなく似ていたということだね」



「体の色も異なっていたし、オーガストはあんなにぶよぶよした皮膚を持っていなかった。強さも桁違いだ。でも、何となく感じるんだ。板倉が変化したのはいわば怪人の幼体で、成長すれば管理者のような姿になるんじゃないかって」


「俺は板倉の姿を見たわけじゃないから、何とも言えないけど……とりあえずは、お前の直感を信じることにするよ」


「私もです!」


 芳賀が嘘をついているようには見えなかった。彼の眼差しは真剣で、信用するに値した。



「それにしても、もったいなかったですよね。もし板倉さんの遺体がまだ残っていれば、管理者について何か分かったかもしれないのに」


 何とはなしに呟いてから、陽菜がはっと口に手を当てる。恥じらうように頬を染め、慌てて付け足した。


「ご、ごめんなさい。私、不謹慎なこと言っちゃったかもしれません」



 当初こそ芳賀のグループと敵対し、板倉ともやり合ったが、今では陽菜も彼らと同じグループに所属している。死んだ仲間のことを軽い気持ちで口にするのは、あまり褒められたことではない。


 うっかりすると「セックスしちゃいましたか⁉」「私はまだ処女」などと爆弾発言するくせに、こういうところは常識があるようだ。



「別に構わないよ」


 はたして、芳賀は寛大な心で彼女を許した。


「というか、僕もそのことは気になっていたんだ。板倉の死体を持ち去った人物――おそらくは管理者の仲間だ――にとっては、僕らが彼の遺体を保存していることが不都合だったのかもしれない。何かを知られるのを恐れていたんじゃないかな」



「……あくまで可能性だけどさ」


 そこに、能見も口を挟んだ。先ほどの出来事を振り返り、慎重に言葉を選ぶ。


「オーガストは、『サンプルを回収する』とか何とか言っていた。もしかして板倉は、そのサンプルに該当していたんじゃないか。奴らの行っている実験のためには、体に変化が起きた被験者が必要だったのかもしれない」


「あり得るね。どういう条件で怪人化が起きるのか、できるだけ早く突き止める必要がありそうだ」


 第二、第三の犠牲者を出すわけにはいかない。板倉の死を無駄にはすまいと、芳賀は力強く言い切った。


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