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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
3.「管理者の影」編
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033 「管理者」オーガストの強襲

「どう思ってる、って」


 ぽかんと口を開け、能見はオウム返しに言った。傍から見れば間抜けだったかもしれない。


 様々な感情が、心の中を駆け巡った。だが結局は、きわめてシンプルな言葉に落ち着いた。


「改めて言うほどでもないけど、陽菜さんは俺にとって大切な……」


 仲間だ、と続けようとしたとき、彼女の表情が強張った。



(あれっ? もしかして俺、何かまずいことを言ったか?)


 能見の予想は的外れだった。突然駆け寄ってきたかと思うと、陽菜は彼をどんと突き飛ばした。


「避けて、能見くん!」


 何を避ければいいのかは分からない。しかし能見は、直感的に後ろへ飛び退いた。予知能力を使い、陽菜が危険を察知したのであろうと理解できたからだ。



 二人が距離を取ってできた空間へ、黒い影が舞い降りる。ズン、と鈍い音を立て、その何かは地上へ降り立った。


 それは人型をしていた。ただし、全身を覆う皮膚は真っ黒で、硬質なボディーに幾筋もの線が刻まれている。規則正しく横方向に引かれたラインは、三葉虫を思わせた。なお、衣服は一切身につけていない。


 黒光りする鎧のような皮膚を纏った怪人は、両手の爪が異常に発達していた。長く伸びたそれは、まるでナイフのように鋭い。



 おそらく二人を狙い、アパートの屋上から飛びかかってきたのだろう。爪を得物代わりにして突き出した右腕が、そのままのポーズで維持されている。下方向にいる相手を襲ったため、前屈みになり、右手を抜き放った恰好であった。


 猫背気味の姿勢をようやく直し、腕を下ろす。青く小さな目で、怪人は能見たちを見回した。


 そして、牙の並んだ口を開け、不満そうにぼやいたのだ。


「――外したか」



「しゃ、喋った⁉」


 後ずさりながらも、陽菜は思わず声を漏らしていた。口に手を当て、信じられないと言うように目を見開く。


 明らかに、怪人は自分たちに殺意を持って近づいたようだ。だが、あまりのことに理解が追いつかない。



 陽菜を庇うように、能見は彼女の前に出た。慎重に敵と距離を取り、尋ねる。


「ずいぶん変わった見た目をしてるんだな。それがお前の能力か? ……というか、お前も被験者の一人なのか?」


「馬鹿馬鹿しい。貴様らモルモットと一緒にするな」


 対して、怪人は笑い声のような音を微かに発した。


「我は、被験者を管理する者。名はオーガストだ」



「……お前が、この街の管理者だと?」


 無意識に、能見は声を震わせていた。


 デスゲームを仕組み、大勢の人々を殺した張本人。かつて能見が、力を手にし、いつか辿り着きたいと願った存在。オーガストと名乗った怪人の言うことを信じるなら、今、それが目の前に現れたことになる。


 けれども、腑に落ちないことも多かった。なぜオーガストは、人ならざる姿をしているのか。彼は何者で、この実験の目的は何なのか。そして、どうして自分たちを襲ってきたのか。



「そうだ」


 落ち着いた低い声で応じ、オーガストが一歩踏み出す。じわじわと彼我の距離を詰めながらも、視線を能見と陽菜から離そうとしない。


「その管理者が、どうして俺たちを攻撃するんだ。実験対象が傷つけば、困るのはお前じゃないのか」


「左様。しかし、貴様ら『ナンバーズ』は例外だ」


 オーガストが聞き慣れない単語を口にする。次の瞬間、彼は大地を蹴り飛ばしていた。


「不良品のナンバーズは、我々が処分する」

 


 人間離れした素早さで、オーガストが突進してくる。繰り出された左の爪の一撃を、能見はすんでのところでかわした。


「何言ってるのか、一ミリも分かんねえよ。……けどお前が、俺の探し求めていた管理者だってことだけは確かみたいだな」


 すかさず反撃に出る。体を沈めて攻撃を避けた能見は、跳び上がるようにアッパーカットを放った。


「お前たちのやっている実験は、絶対に認めない。こんな殺し合いなんかやめさせて、皆を解放しろ!」



 単なる殴打ではない。右拳に紫電を纏わせ、雷撃のエネルギーを帯びたパンチを叩き込む。胸部に強い衝撃を受け、オーガストは僅かによろめいたかに見えた。


 だが、それも束の間だった。


「……断る」


 確かに命中したはずだし、手応えも十分だった。それでもオーガストは、ほとんど微動だにせずに耐え凌いでみせた。



「よほどのことがない限り、実験の中断は認められない。この戦いには、一つの種族の命運がかかっているのだからな」


「ふざけるな。その目的のためになら、九百人の命を犠牲にしていいとでも思ってるのか」


 ぎりっ、と能見が歯を食いしばる。左手にも稲妻を纏わせ、両の拳で猛烈なラッシュを仕掛けた。



 黒の怪人はろくに防御姿勢も取らず、パンチの雨を浴びるがままにしている。その間、一言も口を利かず、呻き声も上げない。


 必死に能見が拳を叩き込むも、鋼鉄のように硬い皮膚は打撃を通さない。電流によるダメージは多少与えているのかもしれなかったが、いずれにせよ、オーガストの動きを阻害するほどではなかった。



「……この野郎、舐めやがって」


 一向に攻撃してこない怪人を前に、能見は思わずカッとなった。右の拳を開き、叩きつけるのではなく、至近距離からオーガストへ向ける。


 手のひらから放たれた紫電の奔流が、雷撃の槍となって怪人を襲う。稲妻がほとばしり、辺りに眩しい輝きが満ちた。



 さすがの管理者も、これにはノーダメージで済まなかったようだ。黒い盾のような皮膚を貫き、雷が閃く。体を大きくのけ反らせ、オーガストは数メートルも吹き飛ばされた。周囲に散った稲妻の余波が、塵芥を巻き上げて視界を遮る。


(やったか?)


 はあはあと呼吸を荒げ、能見は砂煙の向こうを見つめていた。今のは紛れもなく、彼の全力の一撃だった。これだけ食らわせれば、すぐには起き上がれないに違いない。



 次に訪れたのは絶望だった。


 視界が晴れた先には、何事もなかったかのようにオーガストが佇んでいた。堅牢な盾には傷一つ負っていなかった。



「――気は済んだか?」


 笑みのようなものをたたえ、彼は能見たちを見つめ返していた。


「では、こちらからも行かせてもらおう」


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