表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
3.「管理者の影」編
42/216

030 死体が消えた

 能見たち四人の元へ戻るのではなく、芳賀はアパートの外へ出た。エントランス付近で、待ち合わせていた相手と合流する。


「やあ、待たせたね」


「……い、いえ! そんなことないです」


 ポニーテールの女性、林愛海はうつむき、もごもごと言った。



 芳賀が能見たちと戦って敗れたとき、彼女は看病を担当していた。そのときに「お身体をお拭きしましょうか」と爆弾発言をしてしまったことを、愛海はいまだに後悔している。


(もしも、またトリプルセブン様の前で恥をかいてしまったら……私、このグループから追い出されるかも⁉)



 もっとも、彼女を追い払おうなどと、芳賀は露ほども考えていなかった。能力に目覚めていないとはいえ、看護学校時代の経験を活かし、愛海は負傷者の手当てを行ってくれている。十分に優秀な人材であり、手放す理由がなかった。


 少々思い込みが激しいのが、玉に瑕なのだけれども。



「それじゃ、行こうか」


「は、はいっ」


 気弱そうな表情を浮かべている彼女を見やり、芳賀はさっさと歩き出した。慌てて、愛海もその後に続く。



 二人が目指しているのは、先日、板倉が暴れた食料貯蔵庫である。


 アパートが立ち並ぶ中、その倉庫がある一画だけ建物の高さが低く、ぽっかり凹んでいる。そこへ食料の詰まった段ボール箱を運び込み、芳賀たちは貯蔵庫として使っているのだった。



「遺体の保存状態は?」


「びっくりするくらい良いですよ」


 芳賀に追いつき、愛海が隣に並ぶ。


「腐敗が全然進行していなくて。普通なら、まずありえない現象です」


「……そうか」


 芳賀が険しい顔をする。



 やむを得ず板倉を倒したのち、芳賀は彼の死体をすぐには捨てさせなかった。どういうメカニズムで板倉の体が変化したのか、いずれ確かめたいと思っていた。そのためには、遺体を保存しておく必要がある。


 トリプルスリーこと荒谷匠、トリプルツーこと綾辻咲希とやり合っていて、このところはなかなか時間が取れていなかった。ようやく余裕ができたので、医療知識のある愛海を連れ、死体の調査に向かっている次第であった。


 板倉の死体が全くと言っていいほど腐っていないのは、奇妙である。愛海いわく、異臭もほぼしないということだった。



「やはり板倉は、人ではない何かに変わってしまったということなのかな」


「そうかもしれません」


 遺体が安置されている倉庫が近づくにつれ、愛海は不安を隠せなくなったようだ。声を震わせ、縋るように芳賀を見上げる。


「……トリプルセブン様。私、怖いです。いつか私も板倉さんと同じようになるんじゃないかって思うと、怖くて仕方なくて」



「気持ちは分かるけど、怯えてばかりいても何も始まらないよ」


 ぽん、と彼女の肩を優しく叩き、芳賀は微笑んだ。彼は自信家でナルシスト気質のようなところがあるが、仲間を思いやることにかけては一流だった。


「そうならないように、板倉が変わった原因をこれから探りに行くんじゃないか。大丈夫。何があっても、僕が君を必ず守り抜いてみせるから」


「トリプルセブン様……」


 恋する乙女のように、愛海がぼうっとして芳賀を見つめる。頬には朱が差していた。


 本人は知らなかったが、中性的で整った顔立ちの芳賀は、グループの女性メンバーから密かに人気を集めていたのだった。



「あのっ、お気遣いありがとうございます!」


「気にしなくていいよ、これくらい」


 ぺこぺこ頭を下げる愛海を適当にあしらいつつ、芳賀は倉庫の入口へ辿り着いた。


「それで、遺体はどこに?」


「あっちです」


 段ボール箱が積まれているのとは反対側の壁際を、愛海が指さした。展開された空の段ボールが、何個か重ねられている。おそらくはあの下に、板倉の死体が横たえてあるのだろう。



「腐敗は進行していないということだし、解剖して調べてみても良いかもしれないね」


 準備はできてるかい、と愛海を見やる。緊張した面持ちで、彼女はこくこく頷いた。右手にはナイフが握られている。


「体の構造が人間とは違うので、勝手が分からないかもしれませんけど。でも、やれるだけ調べてみます」


「頼んだよ」



 話しながら、空の段ボールを重ねた一画へ歩み寄る。だが、近づくにつれて芳賀は違和感を強めていった。何かがおかしい。


 直後、その正体に気がつく。遺体に被せられているはずの段ボールが、妙に軽そうに見えるのだ。重量感がまるでない。



「……愛海さん、ちょっと下がっていて」


「えっ?」


 ナイフを手に近づこうとしていた彼女を、手で制止する。きょとんしている愛海をよそに、芳賀は段ボールへ近づき、ばっとそれを引き剥がした。


 厚紙の下には、何もなかった。


 板倉の遺体は、文字通り消失していたのである。



「……どういうことだ? これは」


 掴んでいた段ボールを取り落とし、芳賀は後ずさった。


 まさか、死体が自然消滅したわけではあるまい。何の痕跡も残さずに消えるとは考えにくい。


 となると、残る可能性は一つ。何者かが、板倉の遺体を持ち去ったのだ。


「一体、誰がこんなことを」


 ふと、管理者という単語が脳裏をよぎる。この街の真実から自分たちを遠ざけるため、彼らが死体を回収したのかもしれない。



「……う、うーん」


 研ぎ澄まされていた芳賀の思考は、愛海の呻きによって中断された。頭を手で押さえ、彼女はふらついていた。


「私、またミスしちゃいました。もう、ダメかもしれません……」


 そう呟いたかと思うと、白目を剥いて倒れる。とっさに芳賀が体を支え、何とか頭を打つことは避けた。



 実は芳賀は、板倉の遺体管理を愛海に一任していた。つまり彼女は、自分の管轄下で死体が消えるという、とんでもない失態を演じてしまったことになる。


 次にミスをしたら追い出されるかもしれない、と思い詰めていた愛海にとって、今回の事件は大ショックだった。衝撃と混乱のあまり、彼女は気を失ってしまった。



「愛海さん、しっかりしてくれ。おい、愛海さん」


 肩を揺すっても目は開かず、応答もない。


 とりあえず、板倉の件は後回しだ。気絶した部下を介抱すべく、芳賀は彼女に肩を貸し、急いでアパートに戻った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ