029 聞き込み調査
アパートの一階に集められていたのは、三名の男たちだった。
「案内、ご苦労様」
スキンヘッドの部下をねぎらい、見送ってから、芳賀が彼らへ視線を向ける。
「さっそくだけど、板倉のことについて聞かせてもらいたいな」
板倉が化け物へ変貌し、暴れた事件から数日が経つ。事件の真相を追うべく、芳賀は自分なりに調査を進めていたのである。
部下に命じ、この場所に集めたのは、板倉と交流が深かった者たちだった。
ちなみに、能見たちには板倉のことをまだ伏せてある。もう少し確かな情報が集まったら、改めて話すつもりだった。
「彼がどんな能力を持っているか、知っている人は?」
「パンチ力を高められる、とか言ってた気がします」
リーダーと面と向かって話し、緊張しているのだろう。モヒカン頭の青年が、慎重に発言する。
「でも、そんなに強い能力でもなかったみたいですよ。『飛び道具を使った方が効率がいい』とも言ってましたし」
「なるほどね」
部下の言葉に耳を傾けながら、芳賀は考え込んでいた。
思えば、最初に自分へ挑んできたときも、能見たちと交戦したときも、彼はもっぱらナイフや銃を使っていた。
いくらパンチ力を強化できたとしても、その射程はきわめて短い。より広い範囲に対応でき、威力も申し分ない武器に頼るのは自然なことだった。能力の低い被験者にとっては、常套手段ですらある。
「板倉のナンバーを覚えている人はいるかい?」
「確か、『564』でした」
短髪の筋肉質な男が、手を挙げて答える。「何の変哲もないナンバーだ」と芳賀は思った。
どういうわけかは分からないが、自分や能見たちのように、ゾロ目の数字を持つ者は飛び抜けた力を発揮できるようだ。しかし、板倉のナンバーは三桁全てがバラバラで、法則性の欠片も見出せない。
話を整理しよう。板倉の力は微弱で、また、肉体を変化させるようなものでもなかった。彼に与えられたナンバーも、ありふれたものである。
ここから導き出される結論は、何か。
(……やはり板倉がおかしくなったのは、能力の暴走によるものではない)
今や芳賀は、確信していた。
(この街に連れて来る前、管理者は、僕たちの体に何か細工をした。そして板倉は、その最初の犠牲者になったんだ。そうとしか考えられない)
いまだ姿を見せない管理者への怒りが、ますます強くなった。
けれども部下の手前、彼らを不安がらせるようなことはしない。落ち着き払った顔で、芳賀はさらに質問を重ねた。
「そうか。……あと、彼が怪人に変わる前、何か前兆のようなものはなかったかな? たとえば、少し様子がおかしかった、とか」
「前兆って言えるのかは、分からないんすけど」
短髪の男性は、首を傾げた。
「板倉さん、何だか苦しそうでしたよ。暑い、暑い、って繰り返し言って、水道水をがぶがぶ飲んでました」
「そうそう。変だったよなあ」
丸眼鏡をかけた青年も、調子を合わせる。気味悪そうに顔をしかめ、声を落とした。
「別に、気温が急に高くなったわけでもないのにさ。どうしちゃったんだろうって思ってたけど、まさか化け物になるなんて」
『さっきから、腹が減ってしょうがねえんです。どうも体が熱くって、冷たいものを取らねえと死にそうだ』
ウィダーゼリーを貪りながら、板倉はこのようなことを言っていた。集めた三人の証言は、板倉の言葉とも一致していた。
「ありがとう。参考になったよ」
そこで質問を切り上げ、芳賀は踵を返した。彼にはまだやることがある。
「板倉と似たような症状が出た者がいないか、念のために探してみよう。もしかすると、感染性のウイルスのようなものかもしれないからね」
振り返らず、三人に向けてひらひらと手を振る。歩き去っていくリーダーへ、彼らは姿勢を正して一礼した。
「了解っす。俺たちの方でも、体調不良者がいないか探してみます」
そして、芳賀とは逆方向に向けて走っていった。




