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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
2.スリー・アンド・ツー編
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026 見下ろす真実

「話が早くて助かるよ」


 能見と陽菜が密着状態を解き、青春ラブコメっぽいひと時を過ごし終わった頃。


 芳賀は荒谷たちに拳銃を突きつけ、こちらの要求を簡潔に伝えていた。


「僕たちが君ら二人に求めることは、二つある。一つはこの僕、トリプルセブンが率いるグループ傘下に入ること。もう一つは、知っていることを全て話すことだ」


「……知っていること?」


 咲希が首を傾げる。


 屋上から下りてきた荒谷の肩を借り、彼女はどうにか立っていた。



「匠、こいつらに何か話したの?」


「まあ、『この街からは出られない』くらいのことは話したけど」


 白状したのち、彼は子犬のような目で咲希を見つめた。それが彼女の庇護欲を煽った。


「ごめんな。話しちゃダメだったか?」


「ううん、全然! 匠が可愛いから許すわ」


 いわば敵の捕虜にされかけている状況なのに、このバカップルぶりである。



 目をハートにし、荒谷にしなだれかかっていちゃつく咲希。彼女ら二人を見て、芳賀は迷惑そうな顔をした。咳払いをして仕切り直す。


「……で、どうなんだい? 僕らの要求を呑むのか、呑まないのか」


「もちろん、全面的に受け入れるぜ」


 咲希を甘えさせたまま、荒谷はきりっとした表情で答えた。そのギャップが何だかおかしくて、能見は笑いを堪えていた。


「一つ目の条件についてだが、あんたらにさっき差し向けた雑魚ども含め、俺たちのグループと合併することで合意しよう。で、二つ目は」


 少し考えてから、荒谷が口を開く。


「……まあ、実際に見てもらった方が分かりやすいだろうな」



「失礼するぞ」


 言うやいなや、荒谷は能見の方へつかつかと歩み寄ってきた。


「な、何だよ」


 思わず身構えた能見の腰へ、荒谷が手を回す。すると、荒谷が地面を蹴ると同時に、二人の体は宙に浮き上がってしまった。



 パニックに陥りかけ、能見は叫んだ。


「おい、何するんだ。下ろせ。下ろせよっ」


「あんまり暴れるな。これから、この街の本当の姿を見せてやるんだから」


 能見の体を引き寄せたまま、荒谷はどんどん高度を上げていく。あっという間に、地上にいる芳賀たちの姿が点にしか見えなくなった。


 抵抗しても無意味だと悟り、能見が黙り込む。荒谷が何を考えているのかは分からないが、ここで暴れても振り落とされるだけだ。


 アパートの屋上程度ならともかく、この高さから落ちればまず助かるまい。



「……の、能見くん⁉」


 突然、彼が空の彼方へ連れ去られてしまったことに、陽菜も動揺を隠せなかった。咲希へ詰め寄り、わあわあとまくし立てる。


「ちょっと、どういうことですか。まさか、『高いところから落として倒そう』みたいな最低な作戦ですか⁉」


「違うわよ。あたしたちはただ、この街の秘密を教えようとしているだけ。今まで、あたしたち二人しか知らなかった秘密をね。……さあ、あんたも一緒に行くわよ」


「えっ、あ、あの」


 とまどう陽菜の腰へ手をやり、咲希もまた、彼女を抱きかかえて飛び上がった。荒谷の後を追うようにして高度を上げる。



「……ひゃああああっ⁉ お、下ろしてください!」


「ダメよ。今から見せるものは、地上にいても見えないわ」


 可愛らしい悲鳴を上げる陽菜を、咲希は冷静になだめた。


 何がどうなっているのか分からず、残された芳賀は途方に暮れていた。



 ほぼ同タイミングで、荒谷・能見ペア、咲希・陽菜ペアは上空五十メートルほどに達していた。街の四方を取り囲む壁と、ちょうど同じくらいの高さである。


「ここからなら、あの壁の向こう側が見えるだろう」


 そう言った荒谷の顔は、なぜか疲れているように見えた。


「あんたたちも見てみるといい。それがこの街の現実だ」



「何だよ、もったいぶった言い方をして」


 いきなりこんな高いところまで連れてきて、何を言い出すのか。乱暴な案内人たちに不満を覚えながら、能見は何とはなしに首を巡らせた。


 そして、言葉を失った。


 壁の外にあるのは海だったのだ。陸地は遥か遠くにぼんやりとしか見えず、青海原だけが広がっている。



「これで分かったでしょ?」


 隣を見れば、陽菜も愕然としていた。能見たちに言い聞かせるように、咲希が続ける。


「この街は、周りを海に囲まれている。……いえ、街というより、海上都市に近いかもしれないわね」



 最初にアパートの部屋から出たとき、潮の匂いを感じた。近くに海があるのかもしれない、とも思った。しかし、まさか街全体が海に浮かぶ孤島だったとは。能見の受けたショックは大きかった。


「俺たちも何度も確認したが、街の周囲に船やボートの類はまるで見当たらなかった。つまり、あの高さ五十メートルの壁を破壊できたとしても、その外には海が広がっているだけだ。脱出する方法はない」


 荒谷がにじませていた諦めは、これに由来していたのだろう。悲しげな彼の言葉が、心を抉ってくるようだった。



「……で、でも、空からなら脱出できるんじゃないですか? 咲希さんたちの力を借りれば、何人かずつ逃がすことだって」


「それも無理よ」


 自身に言い聞かせるように、陽菜は精一杯明るい声を出した。その儚い希望を、咲希が無慈悲にも打ち砕く。


「一度だけ試したけど、ダメだった。このすぐ上には電磁バリアが張り巡らせてあって、いくら飛行能力があっても突破できないのよ」


「あんたの雷よりも強烈だったぜ。数秒も浴びれば、たぶん冗談抜きで感電死するぞ」


 能見をちらりと見て、荒谷が事実を述べる。


「とにかく、これで分かっただろう? この街から逃げ出すのは、絶対に不可能だって」



『俺と同じ景色を見て、本当の意味で俺のことを理解してくれた人だ。彼女にだけは、一度も勝てた試しがない』


 咲希のことを、彼はこのように紹介していた。


 あのときは何のことやら分からなかったが、今なら理解できる。荒谷の飛行能力をコピーし、二人は空を飛んだ。そして、咲希もこの街の真実に気づいたのだろう。


 荒谷だけが感じていた絶望を、彼女も理解した。二人が強く惹かれ合い、結ばれたのにはそういった背景もあったのかもしれない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ハガケンジ(カタカナ)さんが、いろんな意味で気にいってます。 こういう、頭が切れるのにちょっと抜けたところがある人って好きですね。 残虐な性格なのかと思いきや、部下には寛容で、化け物になっ…
[良い点] 第二章まで読みました。デスゲーム×異能力は他でも結構みかけますが、これは各キャラがしっかり立っているし能力を生かしたバトル描写も丁寧で非常に読みやすかったです。
[良い点] 男女二人ずつなのは計画の一部なのかな。目覚める日もバラバラだったようだし、決して公平なゲームではないと思う。目的が良くあるような、楽しむためだとか賭けのネタだとかではなく、例えば人類の進化…
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