025 俺たちの幸運
赤い雨のように降る、大量の光弾。
動じた素振りも見せず、能見はそれを睨んでいた。
(……どうすればいい? どうすれば、奴に攻撃を命中させられる?)
陽菜のサポートを受けても、状況を打開できなかった。
多分、彼女の予知は直感的なものなのだろう。あるビジョンが脳裏に浮かび、それにしたがって行動する。スマートフォンで現在位置を調べるみたいに、簡単に人へ伝えられるような情報ではないのかもしれない。
このままでは、光弾の雨を浴びて皆やられてしまう。電磁波のバリアを張ったとしても、全てを防ぐのは困難だろう。
「能見くん」
ふと声がして振り返る。そこには、思い詰めた表情の陽菜が立っていた。
「ちょっとだけ恥ずかしいかもしれないけど、我慢して。私も我慢するから」
そして上気した顔で、能見へ体をすり寄せてくる。彼女はいたって真剣だった。
「お、おい」
驚き、身をよじろうとした能見の腕を、彼女はひしと掴んだ。彼の手に重ね合わせるように、陽菜の細い手がまとわりつく。
「何してるんだよ、こんなときに」
「いいから」
能見の制止を振り切り、陽菜は体を密着させた。彼の右手に彼女の左手が添えられ、手首をそっと握っている。
「……こうすれば、大丈夫でしょ?」
柔肌が触れたまま、至近距離から言われたため、耳元で囁かれるような格好になる。予想だにしない状況にどぎまぎしながら、能見は「ああ」とか「まあな」とか曖昧な言葉を返した。
やがて一時的な混乱が収まると、頭が冴えわたるようだった。ようやく陽菜の考えを理解し、能見はにっと笑った。
「それじゃ頼むぜ、陽菜さん!」
陽菜の未来予知は感覚的なもので、得た情報を上手く他人へ伝えるのは難しい。
だから彼女は、直接伝えることにしたのだ。能見の手を取り、理想の方向へ導くことで、攻撃を命中させる。それが最も確実な攻略法だった。
事情を知らない芳賀は、突然二人がいちゃつき始めたと思っているかもしれない。しかし、それはこの際後回しだ。
「うん。頑張ろう」
はにかんだように笑い、陽菜は上空を移動するターゲットへ意識を向けた。束の間目を閉じ、精神を研ぎ澄ましてビジョンを導き出す。
次の瞬間、彼女がはっと目を開ける。能見の手をやや左上へと動かし、位置を定める。
「……能見くん、お願い!」
「任せろ」
力強い声で応え、能見は右手の先に全身のエネルギーを集中させた。紫のプラズマが唸りを上げ、一本の槍のように束ねられていく。
その射程は咲希を捉えている。その雷撃の軌道は、数秒後に彼女が通過するであろう虚空を捉えている。
「……確かに、お前らのコンビもなかなか手強かったよ。けどな、俺たち二人が引き寄せる幸運だって、ちょっとしたものだぜ」
咲希と能見の目が、一瞬合った。捕捉されていることを悟り、彼女の表情に焦りが見え隠れする。
「二人合わせて、トリプルセブン。俺たちの力が一つになれば、誰にも負けない!」
陽菜の手の温もりを側で感じながら、能見は紫電を撃ち出した。
雄叫びとともに放たれたプラズマの奔流が、無数の光弾を爆散させる。光弾を貫いたまま直進し、咲希の胴へ命中して体内へ流れ込む。
体が痺れ、飛行能力を維持できなくなったのだろう。ゆるやかに落ちてきた彼女を、芳賀が上手くキャッチした。
「大丈夫かい? 君たちと必要以上に戦うつもりはないから、そこは理解してくれると嬉しいな」
お姫様抱っこをするような体勢で、彼は咲希を見下ろした。途端に頬を赤く染め、彼女が芳賀の腕から飛び降りる。
「……よ、余計なお世話よ! 匠以外に抱っこされるなんて、まっぴらごめんなんだから」
まだ足元がおぼつかないが、隙あらば芳賀の力をコピーし、リベンジを果たそうと燃えている。敗北を認められず、彼女は半ば意地になっていた。
「よせ、咲希」
アパートの屋上、その手すりから身を乗り出し、荒谷は寂しそうに首を振った。
「残念だが、俺たちが負けたのは事実だ。ここは潔く負けを認め、彼らに従うべきだろう」
「そ、そうね。匠がそう言うなら……」
恋人の言葉は効果てきめんなようだ。顔を赤らめたまま、うつむき気味にもごもごと咲希が呟く。
敵を無力化したことを確認し、能見は大きく息を吐き出した。それから、陽菜をちらりと見た。
「そろそろ、離してもいいんじゃないか?」
「あっ」
まだ手を握っていたことに気づき、陽菜が羞恥の表情を見せる。慌てて体を離し、ウェーブのかかった髪を指でくるくる弄んだ。照れ隠しのつもりなのだろうか。
「……ご、ごめんね。嫌だったよね」
「別に嫌ではなかったけどな」
彼女を安心させようと、能見は深く考えずに言った。
しかしその結果、激しく後悔した。これではまるで、自分が変態みたいではないか。
能見の真意が分かっているのか、そうではないのか。真っ赤になってしまった陽菜を前に、彼はぎこちなく補足説明した。
「まあ、その、あれだ。俺だけじゃ攻撃を当てられなかっただろうし、力貸してくれて嬉しかったっていうか」
「そっか。なら、良かったな。嬉しい」
いくらか落ち着きを取り戻し、彼女はえへへ、と笑った。
「嬉しい?」
「うん」
無邪気な笑顔を向けられて、能見はどきりとした。
「今まで助けてもらったことも多かったけど、私も能見くんの力になれるんだって分かったから」
「そうか。……何ていうか、ありがとな」
下手をするとこっちまで赤くなってしまいそうで、能見は曖昧に笑って誤魔化した。




