023 炸裂!コピー能力
「前置きが長くなったわね」
言うが早いか、咲希は屋上を蹴って飛び上がった。すうっと浮かび上がり、みるみるうちに空高く昇っていく。
「匠をいじめてくれた分は、あたしがきっちりボコボコにしてあげるわ!」
上空を飛行しながら、素早く両手を振るう。連続で放たれた赤い光弾が、能見たちへ降り注いだ。
「……危ない!」
能見はとっさの判断で、三人を包み込むように、ドーム状の電磁波を張り巡らせた。かろうじて直撃は免れたものの、衝撃は殺し切れない。爆風の余波を受け、三人は後ずさった。
「きゃあっ」
尻餅をついた格好で、陽菜が痛そうに顔をしかめる。どうやら、腰を軽く打ったらしい。
回避能力を持つ芳賀とは異なり、彼女の未来予測は攻撃を完全にかわせるものではない。あくまでその軌道を読むだけで、避けられるかどうかは、陽菜の身体能力と反射神経にかかっている。
彼女を傷つけるわけにはいかない。あまり気は進まなかったが、能見は覚悟を決めた。
(やっぱり、戦うしかないのか)
唇を噛み、能見が拳を握る。
どうやら敵の能力は、荒谷と同一らしい。だったら、戦い方は分かっている。
右腕を軽く引き、一気に上方へパンチを打ち出す。その動作に呼応して、紫の稲妻がほとばしる。
放たれた雷撃の槍は、しかし、咲希には命中しなかった。
(……早い)
彼女の飛行速度は、明らかに荒谷を上回っている。紫電の一撃を余裕でかわし、咲希は高度を下げた。より近距離から攻撃しよう、という魂胆であろう。
「だったら、これでどうだ!」
こうなれば、出し惜しみはなしだ。全力を振り絞り、能見は大量のスパークを撃ち出した。両手から放たれた紫電が荒れ狂い、無秩序に空を駆け巡る。
さっき荒谷と戦ったときには封印していた、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」作戦だ。相手の動きが速いのなら、速度で追いつけなくとも、物量で押し切ればいい。
ところが、トリプルツーは意外な行動に出た。急に下降を始めたかと思えば、すとんと地面に降り立ったのだ。
まさか、地上へ下りてくるとは思っていなかった。雷が見当違いの方向へ飛んで行くのを、能見はとまどいながら見つめていた。
荒谷の戦闘スタイルは、上空から光弾を撃ちまくって倒すというものだった。てっきり咲希も同じで、「飛行できる」というアドバンテージを最大限に活かしてくると予想していたのだが。
能見たちの困惑をよそに、咲希はナイフを構えて突進してきた。
やぶれかぶれになって、接近戦を挑もうというのだろうか。拳を固めた能見の横へ、芳賀が並び立つ。
「格闘戦なら、僕に任せてもらおうか」
クールに言い放った芳賀を一瞥し、咲希が楽しそうに笑う。
「へえ、大した自信じゃない」
「当然さ。僕の回避能力を攻略できる者なんて、そういないからね」
お前のすぐ隣にいるぞ、と能見は心の中で呟いた。正確には、自分と陽菜が力を合わせれば攻略できる、という程度ではあるが。
「……ふうん」
回避能力と聞いて、咲希の目の色が変わる。唇をペロッと舐め、彼女は芳賀へ向かい疾駆した。
「じゃあ、ちょっと貸してもらうわよ。その力」
「何だって?」
眉をひそめ、芳賀がナイフで応戦しようとしたときだった。彼の放った斬撃を、咲希はバックステップで容易くかわした。
続けて何度か斬りかかったが、全て避けられる。
「……そうか。そういうことか」
何かを悟った様子で、芳賀が攻撃の手を止めた。その脇をすり抜けるようにして、咲希が再び能見へと迫る。
「あっちのお仲間さんは察しがいいわね。あんたは分かるかしら? ――あたしの能力が、どういうものなのか」
「戦闘中にクイズかよ。ふざけやがって」
プラズマを纏わせたパンチを、能見は彼女の顔目がけて叩き込もうとした。けれども、咲希は体を沈めて難なく回避する。がら空きになった胴へ、咲希は鋭い回し蹴りを放った。
腹部に鈍い痛みが走る。よろめいた能見へとどめを刺すべく、咲希がナイフを振り上げた。
「……能見くん!」
そうはさせまいと、陽菜が拳銃を発砲した。予知能力によって咲希の動きを読み、的確な銃撃を行う。
結果的にはかすりもしなかったのだが、相手を怯ませ、後退させるくらいの効果はあった。咲希が後方へ飛び退いた隙に、陽菜がこちらへ駆け寄ってくる。
「大丈夫だった?」
「どうにかな」
痛みを堪え、能見は懸命に笑顔をつくった。
「そっか。良かった」
ほっと胸を撫で下ろし、陽菜が心配そうな表情を消す。互いを思いやる二人の元へ、芳賀もまた駆けてきた。
「……すまない。僕としたことが、やられたよ」
「どうしたんだよ、一体」
トリプルセブンは肩を落とし、やけに落ち込んだ様子だった。能見が目を瞬かせる。
「おそらく、綾辻咲希の力は『相手の能力をコピーする』というものだ。荒谷だけじゃなく、彼女は僕の回避能力までコピーしたんだ」




