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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
2.スリー・アンド・ツー編
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022 恋人はトリプルツー

 勇敢にもトリプルスリーに挑んだというだけあって、彼の配下には優秀な戦力が揃っていた。手から炎を出す者、酸性の液体を放てる者など、その能力は多種多様である。


 だが陽菜は、そのことごとくをかわした。


「やあっ!」 


 紙一重で攻撃を避け、すれ違いざまにナイフで浅く斬りつけて、敵を無力化していく。彼女の未来予知の前には、いかなる攻撃も先読みされてしまうのだった。



 陽菜が討ち漏らした相手は、芳賀が倒す。彼は今、うんざりした顔で戦場に立っていた。


「いい加減、やめてくれないかな。勝てないことは分かっただろうに」


 自慢の回避能力の前には、どんな技も通用しない。圧縮し、弾丸のように撃ち出された空気の塊を、芳賀はひょいと身を屈めて避けた。


 能力が効かず、相手の女が動揺を露わにする。なおも圧縮空気を放とうとする彼女の背後へ、芳賀はいつのまにやら回り込んでいた。



「ちょっと失礼」


 慣れた手つきで、首筋へ手刀を叩き込む。あっと声を上げる間もなく、女は気を失って崩れ落ちた。


 以前は死闘を演じた仲だったが、陽菜と芳賀のタッグはなかなか強力だった。短時間のうちに、彼らは荒谷の部下を全て倒した。



「もう諦めろ。お前の部下もやられたぞ」


 仲間たちの快進撃を見留け、能見は三度、荒谷へと呼びかけた。


「下りてきて、話し合いに応じてくれないか。このデスゲームを終わらせて脱出するためには、お前の力が必要なんだ」


「……黙れっ」



 けれども、返ってきたのは頑なな拒絶だった。


 屋上の手すりにしがみつくようにして、どうにか立ち上がる。声を震わせ、荒谷は能見と目を合わせぬまま続けた。


 先ほど、稲妻を浴びたときに焦げたのだろう。薄汚い色に変わったマフラーが、はらりと落ちる。


 その拍子に白い首筋が露わになる。やはり、彼に刻まれているナンバーは「333」だった。



「あんたたちは何も分かってない。この街から出るだなんて、そんな夢物語を語らないでくれ。足掻いたって無駄なんだよ。俺たちが何をしようが、死の監獄からは逃れられない」


「どうしてそう言い切れるんだ。お前、やっぱり何か知ってるんじゃないのか」


 能見が詰め寄ろうとしたそのとき、頭上に気配を感じた。


 はっとして腕で庇ったが、防ぎ切れない。真紅の光弾を受け、能見の体は吹き飛ばされた。


 何が起こっているのか分からなかった。確かに自分は、荒谷を無力化したはずだ。では、今攻撃を行ったのは誰なのか。あの破壊光弾は間違いなく、荒谷が繰り出したものと同じだった。



「能見くん、大丈夫⁉」


 異変に気づき、陽菜が急いで駆け寄ってくる。彼女の手を借り、能見は痛む体を無理やり起こした。


「ああ、平気だ。それにしても、今のは一体……」


「おい、あれを見ろ」


 二人を遮るように、芳賀が叫ぶ。余裕を見せていた先ほどまでとは一転し、緊張した表情を浮かべている。


 彼が指さす先には、アパート屋上に佇む荒谷の姿が、そしてもう一名の姿があった。



「しっかりしなさいよ、匠」


 荒谷匠というのが、トリプルスリーの本名なのだろう。彼の手を取って立たせ、優しい笑みを浮かべている女がいる。


 茶髪のショートヘア。体つきは華奢で、顔立ちも美しいが、やや吊り上がった目が威圧的な印象を与える。



「すまないな、咲希」


 照れくさそうに荒谷が笑う。そんな顔を見せるのは初めてだった。


 やがて両名は、能見たち三人へと向き直った。


「へえ。こいつらが、匠をいじめた奴ら?」


「……まあ、そんなところだ」



 能見に敗北したことが、よほど屈辱的だったのだろうか。気恥ずかしそうにうつむいた荒谷の頭を、咲希は「可哀想」と呟きながら撫でた。そのせいで、荒谷はますます照れることになる。


「匠に手を出す奴は、あたしが容赦しないよ」


 頭を撫でる手を止めず、咲希が鋭い声音で言い放つ。射すくめられたように、能見たちは硬直してしまった。



「……あの二人、どういう関係なんだろう。お母さんと息子じゃないよね?」


「そんなわけないだろ。多分、ああいうプレイをしてるだけだ」


 声をひそめ、真剣な顔つきで尋ねてきたかと思えばこれである。陽菜の問いに、能見は若干呆れつつ答えた。



 荒谷も咲希も、自分たちと同年代くらいにしか見えない。母と子、あるいは姉と弟といった関係ではないだろう。


 直感だが、トリプルスリーが「あいつ」と呼んでいたのは彼女のことではないのか、という気がした。二人の間には、単なる信頼関係を超えたものがあるように思える。


 ともかく、あれこれ考えるより行動した方が早い。咲希を見上げ、能見は直接問いただすことにした。



「お前、荒谷の仲間か」


「仲間なんてもんじゃないわ。あたしは、匠の彼女なんだから。ねっ」


 可愛げたっぷりにウインクし、隣に立つ荒谷の肩を抱き寄せる。荒谷はといえば、敵の前でいちゃつかれるのがよほど恥ずかしいのか、顔を赤らめていた。


 何だか咲希の方が男勝りというか、リードしているように見える。



「……彼女は、綾辻咲希という」


 主導権を取り返そうとするように、荒谷がぼそぼそと言った。


「俺と同じ景色を見て、本当の意味で俺のことを理解してくれた人だ。彼女にだけは、一度も勝てた試しがない」



「……もう、匠ったら。たまに頼りないところが、可愛くてたまらないのに」


「褒めるのか馬鹿にするのか、どっちかにしてくれ」


 ようやく二人の世界から脱し、咲希も荒谷から手を離す。恋人同士のいちゃつきは終わり、彼らは戦士の顔になっていた。



 今しがた、自分に光弾をぶつけたのも咲希だろうか。だとしたら妙だ、と能見は思った。あの二人は、全く同じ能力を使えることになる。これまで多くの能力者とやり合ってきたが、そんなケースを見たことはない。


 あるいは、ナンバーが近ければ起こり得る現象なのだろうか。しかし咲希のナンバーに目を向けると、その仮説は崩れた。



「まさか、トリプルツーまでお出ましとはね」


 能見と同じことを考えていたらしい。半ば呆れたように、芳賀が漏らした。


 首筋にあるのは、「222」のナンバー。トリプルスリーこと荒谷匠は、トリプルツー、綾辻咲希とコンビを組んでいたのだ。

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