022 恋人はトリプルツー
勇敢にもトリプルスリーに挑んだというだけあって、彼の配下には優秀な戦力が揃っていた。手から炎を出す者、酸性の液体を放てる者など、その能力は多種多様である。
だが陽菜は、そのことごとくをかわした。
「やあっ!」
紙一重で攻撃を避け、すれ違いざまにナイフで浅く斬りつけて、敵を無力化していく。彼女の未来予知の前には、いかなる攻撃も先読みされてしまうのだった。
陽菜が討ち漏らした相手は、芳賀が倒す。彼は今、うんざりした顔で戦場に立っていた。
「いい加減、やめてくれないかな。勝てないことは分かっただろうに」
自慢の回避能力の前には、どんな技も通用しない。圧縮し、弾丸のように撃ち出された空気の塊を、芳賀はひょいと身を屈めて避けた。
能力が効かず、相手の女が動揺を露わにする。なおも圧縮空気を放とうとする彼女の背後へ、芳賀はいつのまにやら回り込んでいた。
「ちょっと失礼」
慣れた手つきで、首筋へ手刀を叩き込む。あっと声を上げる間もなく、女は気を失って崩れ落ちた。
以前は死闘を演じた仲だったが、陽菜と芳賀のタッグはなかなか強力だった。短時間のうちに、彼らは荒谷の部下を全て倒した。
「もう諦めろ。お前の部下もやられたぞ」
仲間たちの快進撃を見留け、能見は三度、荒谷へと呼びかけた。
「下りてきて、話し合いに応じてくれないか。このデスゲームを終わらせて脱出するためには、お前の力が必要なんだ」
「……黙れっ」
けれども、返ってきたのは頑なな拒絶だった。
屋上の手すりにしがみつくようにして、どうにか立ち上がる。声を震わせ、荒谷は能見と目を合わせぬまま続けた。
先ほど、稲妻を浴びたときに焦げたのだろう。薄汚い色に変わったマフラーが、はらりと落ちる。
その拍子に白い首筋が露わになる。やはり、彼に刻まれているナンバーは「333」だった。
「あんたたちは何も分かってない。この街から出るだなんて、そんな夢物語を語らないでくれ。足掻いたって無駄なんだよ。俺たちが何をしようが、死の監獄からは逃れられない」
「どうしてそう言い切れるんだ。お前、やっぱり何か知ってるんじゃないのか」
能見が詰め寄ろうとしたそのとき、頭上に気配を感じた。
はっとして腕で庇ったが、防ぎ切れない。真紅の光弾を受け、能見の体は吹き飛ばされた。
何が起こっているのか分からなかった。確かに自分は、荒谷を無力化したはずだ。では、今攻撃を行ったのは誰なのか。あの破壊光弾は間違いなく、荒谷が繰り出したものと同じだった。
「能見くん、大丈夫⁉」
異変に気づき、陽菜が急いで駆け寄ってくる。彼女の手を借り、能見は痛む体を無理やり起こした。
「ああ、平気だ。それにしても、今のは一体……」
「おい、あれを見ろ」
二人を遮るように、芳賀が叫ぶ。余裕を見せていた先ほどまでとは一転し、緊張した表情を浮かべている。
彼が指さす先には、アパート屋上に佇む荒谷の姿が、そしてもう一名の姿があった。
「しっかりしなさいよ、匠」
荒谷匠というのが、トリプルスリーの本名なのだろう。彼の手を取って立たせ、優しい笑みを浮かべている女がいる。
茶髪のショートヘア。体つきは華奢で、顔立ちも美しいが、やや吊り上がった目が威圧的な印象を与える。
「すまないな、咲希」
照れくさそうに荒谷が笑う。そんな顔を見せるのは初めてだった。
やがて両名は、能見たち三人へと向き直った。
「へえ。こいつらが、匠をいじめた奴ら?」
「……まあ、そんなところだ」
能見に敗北したことが、よほど屈辱的だったのだろうか。気恥ずかしそうにうつむいた荒谷の頭を、咲希は「可哀想」と呟きながら撫でた。そのせいで、荒谷はますます照れることになる。
「匠に手を出す奴は、あたしが容赦しないよ」
頭を撫でる手を止めず、咲希が鋭い声音で言い放つ。射すくめられたように、能見たちは硬直してしまった。
「……あの二人、どういう関係なんだろう。お母さんと息子じゃないよね?」
「そんなわけないだろ。多分、ああいうプレイをしてるだけだ」
声をひそめ、真剣な顔つきで尋ねてきたかと思えばこれである。陽菜の問いに、能見は若干呆れつつ答えた。
荒谷も咲希も、自分たちと同年代くらいにしか見えない。母と子、あるいは姉と弟といった関係ではないだろう。
直感だが、トリプルスリーが「あいつ」と呼んでいたのは彼女のことではないのか、という気がした。二人の間には、単なる信頼関係を超えたものがあるように思える。
ともかく、あれこれ考えるより行動した方が早い。咲希を見上げ、能見は直接問いただすことにした。
「お前、荒谷の仲間か」
「仲間なんてもんじゃないわ。あたしは、匠の彼女なんだから。ねっ」
可愛げたっぷりにウインクし、隣に立つ荒谷の肩を抱き寄せる。荒谷はといえば、敵の前でいちゃつかれるのがよほど恥ずかしいのか、顔を赤らめていた。
何だか咲希の方が男勝りというか、リードしているように見える。
「……彼女は、綾辻咲希という」
主導権を取り返そうとするように、荒谷がぼそぼそと言った。
「俺と同じ景色を見て、本当の意味で俺のことを理解してくれた人だ。彼女にだけは、一度も勝てた試しがない」
「……もう、匠ったら。たまに頼りないところが、可愛くてたまらないのに」
「褒めるのか馬鹿にするのか、どっちかにしてくれ」
ようやく二人の世界から脱し、咲希も荒谷から手を離す。恋人同士のいちゃつきは終わり、彼らは戦士の顔になっていた。
今しがた、自分に光弾をぶつけたのも咲希だろうか。だとしたら妙だ、と能見は思った。あの二人は、全く同じ能力を使えることになる。これまで多くの能力者とやり合ってきたが、そんなケースを見たことはない。
あるいは、ナンバーが近ければ起こり得る現象なのだろうか。しかし咲希のナンバーに目を向けると、その仮説は崩れた。
「まさか、トリプルツーまでお出ましとはね」
能見と同じことを考えていたらしい。半ば呆れたように、芳賀が漏らした。
首筋にあるのは、「222」のナンバー。トリプルスリーこと荒谷匠は、トリプルツー、綾辻咲希とコンビを組んでいたのだ。




