021 紫電と紅
後方へジャンプし、すんでのところでかわす。さっきまで能見が踏みしめていた大地へ、光弾が命中し、大きく抉り取った。
だが、荒谷の攻撃は終わらない。滑るように空中を移動しながら、次から次へと赤い光弾を撃ち出してくる。
(なるほどな。さすがに、この一帯を支配してるだけのことはある)
地面を蹴って必死に走り、能見はギリギリのところで回避した。
トリプルスリーの力は、飛行能力だけではない。無論それも強力だが、主力攻撃として用いられるのはこの破壊光弾だ。敵の手が届かない空中から光弾をぶつけ、一方的に葬り去る。実に効率的で、理に適った戦い方だった。
(けど、俺の雷なら……お前を射程内にとらえられる!)
身を翻し、能見が反撃に転じる。素早く右腕を振るい、紫の稲妻を繰り出した。
真っ直ぐに射出された閃光を見ても、荒谷は動じない。速度を上げつつ右方へ飛び、雷を難なくかわしてみせた。
「ちょこまか逃げやがって」
射程が足りていなかったわけではない。ただ相手の動きが速すぎて、狙いを定めきれなかった。
「それはお互い様だろう」
宙を滑りながら、荒谷がせせら笑う。両の手のひらを突き出し、二発同時に光弾を放った。今度は避け切れず、能見は咄嗟にプラズマのシールドを作った。強い電流が壁のように広がり、衝撃を殺してくれる。
何とかダメージは抑えたものの、このままではジリ貧だ。能見の雷は当たらず、荒谷の光弾は高い精度で命中する。どうにかして一撃を与えなければと、能見は焦った。
(こうなったら、物量で対抗するか? 雨のように稲妻を降り注がせれば、いくら荒谷でも全部はかわせないはずだ)
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。精度より攻撃回数で押し切ろうかとも考えたが、能見は思い止まった。芳賀の言葉を思い出したからだ。
『君の能力は、夜に使うには少々派手すぎる。稲妻を見た、他のグループの連中が群がってきていたよ』
何度も雷を繰り出せば、当然ながら光と音が目を引く。たとえ昼間であっても、不用意に撃ちまくるのは避けるべきだった。
ましてや、ここは芳賀のテリトリーではないし、能見たちは荒谷と戦うために来たわけでもない。野次馬たちを平和的に追い払える保証はなく、正当防衛とはいえ、好戦的な態度をとるのは褒められたものではなかった。
ゆえに、結論は一つ。なるべく少ない手数で、相手を無力化する。
俺にできるのだろうか、と能見は自問自答した。
陽菜と一緒に特訓したものの、彼はまだ、動いている目標へ雷を当てる練習はしていない。二度目に芳賀と戦ったときには力を使いこなせたが、あのとき能見が使ったのは、拳に稲妻をまとわせるという攻撃方法だ。今回のように、純粋に雷の威力だけで勝負したわけではない。
陽菜は今、荒谷の手下と戦っている。彼女による照準補助も期待できないが、本当に自分にやれるのだろうか。
(いや、できるとかできないとか、そういう問題じゃない。俺がやるしかないんだ)
覚悟を決め、能見が右拳を握り固める。それはすなわち、次の一撃に全てを賭けるという決意の表れだった。
「……そろそろケリをつけてやる」
高く飛び上がり、荒谷は両手を組み合わせた。手のひらの間に、通常よりもはるかに大きな破壊光弾が生成される。
「諦めろ。あんたじゃ俺には勝てないぜ」
対して、真紅の光弾から目を逸らさず、能見は不敵に笑った。
「……悪いな。俺は諦めが悪いんだ」
そして、渾身の力を込めて右拳を突き上げる。彼の動きに呼応し、束ねられた紫電が唸りを上げて撃ち出される。
「こんなところで諦めてちゃ、先に進めない。俺は必ず戦いを終わらせる。そしていつか、管理者へ辿り着く!」
紫電の奔流が、紅の光弾と真っ向から激突する。勢いよく放たれたスパークは、光弾の中心点を貫いて直進した。
「馬鹿な」
驚愕に目を見開いた荒谷の体をも、紫電は貫いた。
体が麻痺したためか、飛行能力を正常に使えなくなる。宙を漂ったのち、彼はアパートの屋上へゆるやかに落下した。
「……くそっ。こんなはずじゃ」
硬い床面に体を打ちつけ、荒谷が呻く。右腕を下ろした能見は、静かに彼を見上げた。
残った力を振り絞り、トリプルスリーは懸命に立ち上がろうとしている。けれども、手足がまだ痺れているのか、その動作はぎこちない。
「よせよ。もう勝負はついてる」
能見の台詞は、事実上の勝利宣言だった。悔しさに顔を歪ませ、荒谷が彼をきっと睨みつける。
「舐めやがって。俺に勝てるのは、あいつだけのはずなのに」
「あいつって、誰のことだよ。お前よりも強い奴がいるってことか?」
「今に分かるさ」
荒くなった呼吸を整えながら、トリプルスリーは弱々しく笑った。
しかし、ダメージを受けているにもかかわらず、不思議と彼の言葉は負け惜しみに聞こえないのだった。




