018 トリプルスリーを探せ
もし芳賀が自分たちを倒すつもりなら、群がっていた男女をあえて無力化することはしなかったろう。
こうして語りかけるのでなく、不意打ちで襲ってきた可能性もある。あくまで話し合いが目的であることは、容易に理解できた。
「力を貸してくれると助かる」と言って、別れたのが昨夜だ。どうやら芳賀は、こちらの提案に乗るつもりになったらしい。
「上から目線なのが気に食わないけど、手を組むことに異存はないぜ」
むっとして芳賀を睨みつつ、能見は応じた。
「でも、驚いたな。一体どういう風の吹き回しだ?」
「……まあ、色々あってね。気が変わったのさ」
芳賀の表情が、僅かに曇る。
能見たちには知るよしもなかったが、板倉の一件で、彼は管理者を倒す必要を感じていたのだった。
「ともかく、僕は君たちと協力関係を築きたいと考えている。管理者を攻略したいという気持ちは同じだ」
悪くない話だろう、と芳賀は続けた。
「君たちを僕のグループに引き入れれば、新戦力として大いに期待できる。君たちとしても、管理者を倒すべく行動を起こす中で、使える駒は多い方がいいはずだ」
「そうは言ってもな」
二人からすれば、芳賀が急に考えを変えた理由が分からない。すぐに信用しろというのは無理だろう。
判断に困り、能見は陽菜と顔を見合わせた。ややあって、彼女が頷く。
「能見くん、これはチャンスだと思う」
今のまま芳賀たちのグループと対立していても、自分たちにメリットがないのは確かだ。彼らはこの周辺を支配下に置いており、能見らが動けばその都度妨害してくる。芳賀を味方にできるのなら、心強い限りだった。
何より、先刻、野次馬を片付けてくれたことが決め手となった。昨日まで敵対していた自分たちを、芳賀は危機から救ったのだ。
「……分かった。一応、信じることにする」
陽菜から芳賀へ視線を移し、能見は慎重に言った。
「ただし、変な様子を見せたりしたらぶん殴るからな」
「そういうのを、杞憂って言うんだよ」
肩をすくめ、トリプルセブンは告げた。
「それはさておき、今後のビジョンについて話し合う場を設けたいな。明日の午前中でいいかい?」
芳賀からの指示に従い、翌朝、二人は部屋を出た。
向かいの通りにあるアパートのうち、外壁に十字型の焦げ跡がある建物。それが指定された場所だった。
十中八九、先日放った雷が当たったのだろう。能見は何となく、申し訳ない気持ちになった。
アパートの中へ通されても、トリプルセブンの部下たちは乱暴を働いてこなかった。彼らなりに礼儀正しく振る舞い、能見と陽菜を案内した。
芳賀が自分たちと手を組むというのは、やはり嘘ではなかったらしい。以前戦ったのは夢だったかのようで、今の彼らからはまるで敵意が感じられない。
「やあ、早かったね」
スキンヘッドの男に導かれ、部屋に通される。玄関ドアを開けると、芳賀はすぐに能見たちへ気づいた。
「てっきり、二人とも朝までお楽しみなのかと思ったよ」
「……は?」
開幕早々、かなりの爆弾発言である。というか、単にからかわれているだけか。能見は赤面し、固まってしまった。
冗談ではない。自分たちはそんな関係ではなく、パートナーとして一緒に戦っているだけだ。寝起きしている部屋こそ同じだが、陽菜をそういう対象として見たことはない。
しかし、能見が反論するより先に、陽菜が口を開いてしまった。
「そ、そんなわけないじゃないですか! 大体、私はまだ処……」
「陽菜さん、余計なこと言わなくていいから!」
真っ赤になってまくし立てようとする彼女を止め、能見は慌ててフォローを入れた。
どうしてこう、最悪なタイミングで天然ボケが発動するのか。今、絶対「処女」って言おうとしただろ。
二人の寸劇を前に、芳賀はわざとらしく咳払いをした。「ちょっとからかっただけでこれか」と言いたげである。面白がられているのか、呆れられているのか。
「――状況を整理しよう」
靴を脱ぎ、七畳ほどの部屋に腰を下ろす。能見があぐらをかき、陽菜は正座して座った。
部屋の主である芳賀は、空の段ボール箱を椅子代わりにくつろいでいる。
「僕たちの目指す最終的なゴールは、管理者の元へ辿り着き、このデスゲームを終わらせることだ。そして、この奇妙な実験の裏で何が行われているのか、それも明らかにしたいと思う。ここまでで異論はないね?」
「ああ」
芳賀の話は、理路整然としていて聞きやすかった。細かいことは置いておき、能見は深く考えずに頷いた。
能見自身にとっては、実験の背景を突き止めるのは二の次だ。まずは被験者同士の殺し合いをやめさせなければ、管理者たちの思惑通りである。
「だけど、そのためには被験者同士で団結する必要がある。いがみ合っていたままでは、管理者へ対抗できる勢力を自ら減らすことになるからね。……したがって、取り組むべきはグループのさらなる拡大だ」
そう言って、芳賀は二人を見た。
「この一帯は僕の部下が制圧済みだ。君たち二人も加わったことだし、今後さらに勢力範囲を拡大し、仲間を増やさなければならない」
「ふむふむ」
陽菜はといえば、細い顎に手を当て、真剣そうな表情で話を聞いている。
「じゃあ、さっそく攻め込むんですか?」
「いや、物事には順序というものがある。それに、戦いは情報戦なんだ」
少々もったいぶった風に、芳賀が首を振る。
「部下が仕入れてくれた噂によると、『333』のナンバーを持つ荒谷という男は、飛行能力を使えるそうだ。まずは、荒谷を味方に加えるところから始めよう」




