017 不意の遭遇
その夜、能見と陽菜は外へ出ていた。
アパートからいくらか歩き、その屋上、避雷針が見える位置まで移動する。足を止め、能見が腕をすっと突き出した。
どうにか芳賀を倒すことに成功したものの、彼の力はまだ不安定だ。ミスなく使いこなせるようにと、陽菜の付き添いで特訓することにしたのだった。
意識を集中させ、稲妻を呼び出す。放たれた紫電は、避雷針から僅かに逸れて屋上へ落ちた。
「能見くん、もうちょっと右」
「ああ、分かった」
的である避雷針に、雷を命中させる。それが今日の目標だった。
二度、三度と修正を重ね、避雷針へ落雷させることに成功する。当たるやいなや、陽菜は「やったあ」と歓声を上げた。
「すごいよ、能見くん。この調子なら、いつか管理者も倒せるかも」
「ありがとう。……ちょっと褒めすぎな気はするけどな」
自分のことのように喜ばれて、どうも気恥ずかしかった。照れ臭さを誤魔化すように笑い、能見は応じた。
「とにかく、力が安定してきて良かったよ。あとは、芳賀が仲間になってくれたら言うことなしだ」
「そうだね」
彼の名前が出ると、陽菜も束の間、浮かれ気味な表情を引き締めた。
激闘の果てに、能見と陽菜は彼を倒した。だが、すんなり仲間になってくれるとは考え難い。場合によっては、何が何でも能見たちにリベンジしようと躍起になるかもしれない。
少し気になることもある。
今までに出会った他の被験者とは違い、能見は力を使いこなすのに時間がかかった。思い通りに操れない稲妻で、危うく陽菜を傷つけるところだった。
直感的に予知能力に目覚め、陽菜は上手く使いこなしている。芳賀や彼の部下だって、能力のコントロールに苦労している様子はなかった。
一体、自分の中に眠るこの力は何なのか。他人とは違う何かが、能見の体には秘められているのだろうか。
そう考えると、一抹の不安がよぎる。
「……能見くん」
ててっと側へ走り寄り、そっと彼の手を取る。近距離から微笑みを向けられ、能見はどきりとした。完全に不意を突かれた格好だった。
「私は信じてるよ。これから先何があっても、私たちが力を合わせれば、どんな相手にも負けないって」
それから手を離し、陽菜は頬を朱に染めた。
「昨日のこと、ありがとうね。また助けてもらっちゃった」
「いや、俺の方こそ」
照れ笑いをしながら、能見は答えた。
「俺の力だけじゃ、芳賀をぶん殴ることはできなかった。陽菜さんの予知があってこそだ」
互いを認め合い、二人は自然と距離を縮めていた。物理的にも、精神的にも接近していたといえるだろう。
「……やれやれ。君たちは、プライベートでも仲良しなのかい?」
「誰だ」
突然投げかけられた言葉に、能見は驚いて振り返った。だが、闇から現れ出でた人影を見るや、その表情は戸惑いへと変わった。
「……って、芳賀⁉」
見間違えようもない。こちらへ歩み寄ってきているのは、トリプルセブンの異名をもつあの男だった。
噂をすれば影、とはまさにこのことである。
「どうしたんだ。幽霊でも見たような顔だね」
動揺している能見たちとは対照的に、芳賀は落ち着き払っていた。いや、少し呆れている風でもあった。
「それより、戦闘訓練をするなら、もう少し周りに警戒した方がいいな。野次馬が十人くらい集まってきていたよ」
「本当か」
「何で、僕が嘘をつかなくちゃいけないんだ」
能見から疑わしげな視線を向けられ、彼は指で後ろを指し示した。暗くてよく見えないが、何人か男女が倒れているのが分かる。
「君の能力は、夜に使うには少々派手すぎる。稲妻を見た、他のグループの連中が群がってきていたよ。……僕が気絶させておいたから、もう襲われる心配はないけど」
「気絶させた? お前が?」
状況が上手く呑み込めず、能見は、芳賀と数名の男女を交互に見た。どうして、彼が自分たちを助けるのだろう。
「何の真似だ。敵に塩を送るつもりか」
「おっと、待った。戦うつもりはない。できることなら、僕は君たちの敵ではなく、味方になりたいと思っている」
芳賀は片手を挙げ、二人が身構えようとするのを制した。ビジネスライクな笑顔で、そのままストレートに要件を伝える。
「邪魔な外野を倒してあげたんだし、信用してくれてもいいんじゃないかな?」




